戦争による統一の「莫大なコスト」
「朝鮮半島の非核化」は、朝鮮半島の紛争構造とそのもとでの不確実な平和状態にメスを入れようとするものであるから、その進展は第一に「朝鮮半島の完全非核化」、第二に「朝鮮半島における平和体制の構築」、そして第3に「南北朝鮮関係の改善と発展」の大きく3つの実践を包括していくことが想定されている。
また、その3つの実践は、前述の番号を付した整理に基づけば、「朝鮮半島の完全非核化」は、①(対決関係を前提とする体制が南北双方に築かれる)と③(その状況を周辺国が補完する)の解消に対応し、「朝鮮半島における平和体制の構築」は③と④(過去の取り決めによる平和の維持)の解消に対応し、そして「南北朝鮮関係の改善と発展」は①と②(排他的な統一が追求される状況)の解消に対応する。
つまり、「北朝鮮の核問題」と呼ばれている事象は、このような朝鮮半島の紛争構造の解体を包摂する問題である。北朝鮮が核を放棄すれば解決する、という単純な問題ではない点を確認しておく必要がある。
そうした「北朝鮮の核問題」の解決を図るアプローチとして、朝鮮半島の紛争構造の解体と敵対の克服にまで踏み込まねばならないのは、直接的な外科手術――軍事的手段による北朝鮮の変革――に伴うコストが甚大であり、選択しがたいという制約があるからにほかならない。
たとえば、1994年5月19日に米国統合参謀本部議長ジョン・シャリカシュビリがクリントン大統領に報告したところでは、「朝鮮半島で戦争が勃発すれば、最初の90日間で米軍兵士の死傷者が5万2000人、韓国軍の死傷者が49万人に上る上、北朝鮮側も市民を含めた大量の死者が出る見通しだ。財政支出も610億ドルを超えると思われる」という(オーバードーファー、2015年、323頁)。
また、韓国の「大統領諮問未来企画委員会」(李明博大統領傘下)の報告書によれば、「急変事態が北朝鮮の崩壊と吸収統一につながる場合、統一費用が30年にわたり2兆1400億ドル(2550兆ウォン)程度かかる……北朝鮮が漸進的改革開放を通じて合意統一に至る場合、統一費用は約350兆ウォンで、吸収統一の7分の1程度であれば十分……朝鮮半島に戦争が発生し、その結果による統一、いわゆる武力統一が発生する場合、統一費用は莫大な人命の損失はもとより、8000兆ウォン以上の戦後復興および統一費用がかかる」と推定している(小此木・文・西野編著、2012年、141~142頁)。
つまり、「北朝鮮の核問題」の合理的かつ理性的な解決を模索するなら、軍事的手段や北朝鮮の崩壊を招くような方策は取ることができない。このようなアプローチ上の制約は、米韓のみならず北朝鮮にも当てはまり、無論日本や中国も同様であろう。
戦争が引き起こされれば、北朝鮮の体制存続自体が危機に陥る可能性が高いだけに、この制約を等閑視できないという現実は、北朝鮮にとってより深刻かもしれない。
文/福原裕二 写真/shutterstock