世界を魅了した片手側転
「(FSで)4回転サルコウを入れたいって気持ちは強かったです」
そう語る紀平は、2019年の全日本選手権では2位に20点差以上つける229.20点で圧倒的優勝を果たした。しかし本人は結果に甘んじず、4回転を入れた“自己改善”を求めていた。
「直前まで迷ったし、絶対に入れる、って思っていたので(入れられなかった)悔しさはあります。それに、(捻挫が完治していない理由でできなかった)ルッツも戻したい。
(高得点を狙える)ルッツを入れても、アクセルを崩さず。4回転を入れても、全部揃えられるように。何度でも何度でも練習して、完璧な演技がしたいです」
パーフェクトを追い求めたこの姿勢が、翌年の全日本圧勝劇にもつながる。
2020年12月の全日本、紀平はSPで79.34点とトップに立った。冒頭の大技トリプルアクセルで2.17点のGOE(出来栄え点)を叩き出しただけではない。演技途中、振り付けに片手側転を入れて喝采を浴びた。
氷上での片手側転は相当な身体能力の高さと度胸が必要になるが、高度な技術を自分のものにし、演技に抑揚をつけることに成功した。
「(ブノワ・)リショー先生の振り付けで、パフォーマンスを入れたい、ということで」
紀平は片手側転を入れた事情を明かした。
「いろいろな技を提案されたんですけど、全部難しくて。その中では『これがマシかな』と思ったのが片手側転でした(苦笑)。(練習で)恐る恐るやりましたけど、陸と違って氷の上だと滑ってしまい、最初はコケてしまって。でもおかげで、見せ場を作ることができるようになりました」
片手側転は、フィギュアに無知な人でも"スペクタクル"だと伝わる。そのインパクトは世界中を駆け巡った。案の定、メディアは食いついたし、ファンも釘付けになった。
紀平はFSでも154.90点を叩き出し、圧巻の全日本連覇を遂げたが、直後のリモート会見では超然としていた。
――安藤美姫選手以来、日本人女子選手史上2人目の4回転ジャンプ成功になりましたが?
そう質問した記者は、4回転サルコウ成功という偉業の系譜を引き出したかったのだろう。
だが、これに対して紀平は「今日、初めて知って」とあっけらかんと答えた。誰かと自分を比べていない。自分の演技の改善がすべてで、それが彼女の凄みだった。
「トリプルアクセルも4回転も、どちらも決められたのは自分の中で大きくて。疲れがたまったのか、(全日本は)はまるジャンプが少ない中、両方とも着氷できたことは自信になると思います。でも、すごく難しいプログラムで、まだ完全な構成にはなっていません。
(最後の)ルッツも痛みがあってやめています。もっといいジャンプを跳べたっていう感触はあるので、あと10点は出せるように。体力、筋力、試合での集中などあらゆるところを修正していきたいです」
彼女は徹底して自らと対峙し、「紀平梨花」という選手の能力を高める。自らを俯瞰し、修正、改善を繰り返す。舌足らずな喋り方で、おっとりに映るが、競技への向き合い方は完璧主義者で、同時にセンシティブだ。