参考になった指導者は野村克也と権藤博

一方で、「名コーチ」といわれる指導者に巡り合ったことも明かされ、「あくまでも選手がベストパフォーマンスをするために助けてあげる、そんな人間関係を保てるコーチを目指したい」と目標が語られていた。さらには、吉井がMLBのメッツに入団したとき、コーチから言われた言葉が参考になったという話。

「ピッチングコーチのボブ・アポダカさんが僕に初めて言った言葉が、『オレはおまえのこと全然知らんから、おまえがオレに教えてくれよ。おまえのピッチングをいちばんよく知っているのはヨシイなんだから』でした。日本ではそんなふうに言われたことがなくて、とても新鮮に感じました。

つまり、コーチから教えるんじゃなくて、選手が何をやりたいか、はじめに聞いて、それに沿ってアドバイスを出すんです。お互いに話し合いながら決めていこうと。これは僕がコーチになったときに採り入れました」

それから13年、指導者経験とコーチとしての実績を積んだ今、あらためて振り返って、その教えが参考になっている指導者は、ヤクルト時代の監督だった野村克也、近鉄時代の投手コーチだった権藤博だという。特に権藤は1988年から2年間就任。吉井が抑えとして活躍し始めた時期と重なっている。

「権藤さんは結構、お手本にしているところがあります。迷ったときに聞いたり、権藤さんの本が何冊かあるので読ませてもらったりしてますね。ただ、選手のときに直接言われたことって特にないんです。もう『向かっていけ!』しか言われてなかったんで(笑)。技術的なことは一切、言われなかった。『どんどんいけ。向かっていけ。あとはオレが責任取るから』って。本当に、それだけだったんです」