「地方予選でキツネにグラブを盗まれる」
北北海道代表の滝川西高校の試合を担当することになり、渡された資料の中にある選手アンケートを読んでいると、レフトの佐野大夢選手の「地方予選でキツネにグラブを盗まれる」という妙な書き込みを見つけた。興味を持って試合前取材で本人に聞きに行くと、詳しく説明してくれた。
試合中にベンチにグラブを置いていたら、キタキツネが現れて、くわえて逃げて行ってしまったという。「なぜキミのグラブだけ?」と聞くと、「キツネが僕の匂いを好きだったのでしょう」と言い、二人で大笑いした。
他の記者はバッテリーなど主力選手の話を聞いていて、佐野のところには誰もいなかった。佐野はおばさんに新たにグラブを買ってもらって甲子園に来たという。中継スタッフに「試合のどこかで話していいですか?」と確認し、その黒いグラブをチャンスがあったら映してもらえないかと頼んでいた。
すると、3回表にレフトフライがあり佐野が捕球。そこでテレビ画面には黒いグラブがアップで映し出された。「まだ試合序盤で心の準備もできてなかったんですが、放送席のモニターを見たらアップで映っている。観ている人も『なんで?』と思うはず。ここで言わきゃいかんと思って」と慌ててエピソードを披露した。
その後、佐野は守備機会がないまま交代。結果的に、ここが唯一の話すチャンスだった。それ以来、チャンスがあったら躊躇せずに話すように心掛けてきた。
明豊のカード事件は、コロナ禍で試合前取材が出来ず、担当が決まった初戦を前に監督の著書などを読んで事前学習していた。しかし試合が延長戦の熱戦となり、話すチャンスがなかった。準々決勝でも担当になったが、また接戦で切り出せなかった。準決勝で、この大会3試合目の解説となり、ここでようやく披露出来た。
一大会で同じチームの試合を3試合も解説するのは珍しい。だからこうして放送で出てきた話は、どれも運良くタイミングが合ったものであり、綿密な事前取材の中でストックしていながら出せずに終わった話はいくらでもある。
しかし、そうした軽妙な話術とは別のところに、本当の〝大矢スタイル〟がある。