ヌールたちが暮らしていたラカイン州北部モンドー郡の村に、ミャンマー国軍兵士と地元の仏教徒ラカイン人がやってきたのは2017年8月末の未明だった。兵士たちは村人を強制的に家の外に連行すると、男たちを拘束し、ARSAの一味かと尋問した。そのときに抵抗した者は銃で撃たれたり、ナイフで切り付けられたりして殺された。若い女たちは、複数の兵士やラカイン人に性的暴行を受けた。
ヌールもまた姉妹たちともに、兵士に空き家に連れ込まれた。男たちは顔を見られぬようにヌールに目隠しをし、何度か殴った後、ロープで手足を縛って代わるがわるレイプしたという。そのときのことははっきりと思いだせないが、暴行は深夜まで続いたとヌールは語った。
性暴力の被害者に取材すると、彼女たちはそのときのことをよく覚えていないと口をそろえる。詳細を話すのは抵抗があるのだろうと思っていたが、後に被害者には意識や記憶などが一時的に抜け落ちる「解離」の症状を呈する人が多いと専門書を読んで知った。
ヌールは翌朝、夫のモハマド(当時30)によって倒れているところを発見され、すぐに村唯一の診療所に運ばれた。だが診療所にはまともな治療をするための設備も医療物資もなく、痛み止めを処方されただけだった。深い傷のせいで、ヌールは数日起き上がることもできずに診療所で過ごしたという。
その後、何とか立てるようになると、夫や兄弟に助けられながらバングラデシュへ向かい、雨季で氾濫する国境川のナフ川を船で渡って、コックスバザールの難民キャンプにたどり着いた。道中、彼女は自分のようにレイプされた女性の遺体を幾度となく目にしたという。
「男たちは妻や娘、姉妹の遺体を置き去りにするという苦渋の決断をしなければなりませんでした。国軍兵士はロヒンギャの女を殺した。私たちはそれを決して忘れません」
ミャンマー国軍兵士から性的暴行を受けた妻と夫の苦渋の5年間
ミャンマーのイスラム系少数民族ロヒンギャに対し、国軍が苛烈な武力弾圧を行ってからちょうど5年が経った。当時日本でも大きく報道されたこの迫害は数ヵ月にも及び、老若男女を問わず罪のない市民が無差別に殺され、女性たちは組織的にレイプされた。被害者たちは今も、難民キャンプで5年前の記憶に苦しんでいる。
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「妻を見ているのが辛い」