ネトラレからより繊細なBSSへ

そうした「ネトラレ」の中でもさらに、よりディープで繊細な精神性を帯びたジャンルが「BSS」だ。「BSS」の場合、「僕が先に"好き"だった」というシチュエーションが暗示しているように、実はまだヒロインと交際に至っていないのである。そもそも告白もしていない状況が描かれるのだ。

たとえばこの分野の濫觴、金字塔として知られ、成人向けマンガにおける令和最大のヒット作とも見られる名作、桂あいり作『カラミざかり』という作品がある。このマンガでは、高校生の主人公がヒロインの飯田に恋心を抱いている。飯田にもそうした意識はあるように見えるのだが、クラスメイト4人で部屋で過ごしているうちに、飯田と友人の貴史が、好奇心と若い性衝動のおもむくままに、まさかの行為を始めてしまう。主人公はそれを間近で見せつけられるしかなかった。

考えてみれば「ネトラレ」の世界は、大人。少なくとも「告白し、異性と交際をはじめる」という"大人の階段を登った人"の物語だ。谷崎潤一郎にしても、志賀直哉にしても主人公は大人、はっきりいえば「おっさん」である。妻を寝取られた光源氏も、すでに40歳になっていた。

だが、「BSS」の場合はそれ以前で、好きな人がいても告白することができない繊細な心理が描かれ、しかもそれが無惨な形で踏みにじられることになる。だからといって自分は彼氏でもなんでもないので抗議することもできない。その上なぜか興奮していたりもする。「このどうしようもなさがいい」と前出X氏も語る。