――「後宮史華伝」シリーズはコバルト文庫で第10巻まで刊行された後、オレンジ文庫に移籍して第2部がスタートし、現時点で第2巻まで発売されています。シリーズを通じて特に思い入れが深い巻はありますか?
シリーズの方向性をしっかり見定めた巻としては第1部第5巻の『後宮幻華伝』ですね。この巻から宦官が物語に深くからんでくるようになり、モデルにしている明王朝の大きな特徴である、政治を左右する巨大な宦官組織がより描きやすくなりました。
それまでは少女向けということで宦官の登場をひかえていたんです。宦官は悪いイメージが強く、その成り立ちに性的な要素があるため、女性読者には気持ち悪いとか、いやらしいとか、不快な存在としてとらえられるのではないかと危惧していたので。みなさんが考える宦官の悪いイメージは、だいたい正しいのですが(明代宦官の残虐さ、悪辣さは中国史のなかでも際立っています)、私はそれだけではないと思っています。彼らにも人生があり、この時代に即した彼らなりの生きかたがあったのだということをふまえて、作中の宦官を書いています。
――主役カップルや脇役を含め、大勢のキャラクターがシリーズに登場します。お気に入りのキャラクターはいますか?
お気に入りというのとはちょっとちがいますが、『後宮幻華伝』のヒーロー役だった高遊宵(こうゆうしょう)は「後宮史華伝」シリーズ全体の流れにおいて重要な存在なので印象深いです。彼は第4巻『後宮陶華伝』から第2部第2巻『後宮戯華伝』まで登場し、皇帝として、あるいは太上皇として、凱王朝の爛熟期を支えました。彼の死とともに王朝の最盛期は終わったといってもよいです。ここから先の凱王朝はどうしても下り坂になっていきますが、私としてはここから先の物語こそ書きたかったものです。
『後宮幻華伝』の宦官、因四欲(初登場時は因少監でした)も鮮明におぼえていますが、いま思えばよい時代に生きた幸せな宦官でした。そういう意味で、彼は「後宮史華伝」シリーズ第1部を代表する宦官ですね。オレンジ文庫に移ってからの第2部に登場する宦官たちの生きかたとくらべると、あまりにも平和でした。それは彼の性格がそうさせたというよりも、時代の雰囲気が導いた結果だと思います。
女性キャラクターなら『後宮幻華伝』のヒロインであった李緋燕(りひえん)が印象深いですね。彼女は皇子を産めなかったにもかかわらず皇太后になり、夫である高遊宵の重祚にともなって皇后に立てられるという経歴の持ち主で、夫亡きあとも後宮に君臨しています。皇帝に愛されていただけでは、これほど長い期間、後宮で地位を保つことはできません。彼女を陥れようとする陰謀もたくさんあったはずです。次々に仕掛けられる罠を乗り越えてきた経験があるからこそ、第2部第1巻『後宮染華伝』に登場した李緋燕は、出過ぎた発言をして皇帝の怒りを買ったヒロインに苦言を呈し、後宮では自分以外のだれもが敵になり得ること、与えられた役割以上の行為をしてはならないこと、後宮における権威の源泉は皇帝の寵愛であることを教えています。
シリーズ全体としては、特定のキャラクターに肩入れすることは基本的にありません。あくまで主役は舞台となる後宮であり、登場人物たちはその都度あらわれて芝居を演じ、自分の出番が終われば観客の前から去る役者にすぎないという認識です。
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取材・構成/嵯峨景子