視野を広げて社会を映す
―― 『禁猟区』では、ママ友の晶子がダンサーのSHINGOとつきあうようになってトラブルになり、それが物語を刺激的なものにしています。
ああいうトラブルを引き起こしてくれる人たちは本当にありがたいんですよね、小説の中では。でも、僕、晶子にちょっと同情しているところがあるんですよ。知り合いのセックスレス夫婦の奥さんの話なんかを聞くと、精神的に追い詰められてしまうようなんですよね。旦那は外で浮気していたりして。セックスレスの晶子がおかしなダンサーにハマるのもしようがないかなという気もしますよね。
―― さりげなく芸能界の話とか半グレの話とか、派手な内容も盛り込まれています。
ちらっとね。あの辺は『池袋ウエストゲートパーク』シリーズに出てくる裏世界のネタをちょっと混ぜてみたという感じです。あの手の半グレみたいなイケメンっていっぱいいるんですよ。みなさんが何げなく通っているおしゃれなブティックの中に、半グレ系が経営しているお店があったりするんです。飲食もそうですけど。
―― 半グレみたいに、反社会的勢力と一般人の間にいるようなグレーな人たちが性的な魅力を持っていたりしますよね。
そうですね。彼らは賢いので、お互い仲間同士でお金を回し合って、助け合いながら、悪いこともやるのでタチが悪いんですけどね。
こうやって話してみると、多くの恋愛小説ってあまり社会を映してないんですよね。高校だったり大学だったり、閉ざされた世界での純粋な若者たちの話になってしまうことが多いので。『禁猟区』ではもうちょっと視野を広げて、今の社会の在り方みたいなものを採り入れた上で、大人の恋愛が書けると面白いんじゃないかなというのはありましたね。
年齢関係なく性を楽しむ人
―― 石田さんは恋愛小説でつねに性に対する抑圧を和らげようとしていると感じます。『禁猟区』でいえば「不倫」というレッテルをはがして性の自由、愛の自由をお書きになっています。
そうですね。時代が不倫に厳しくなればなるほど、それとは逆の方向に行きたがるという小説家の性みたいなところがあるんですね。今ではない別な時代、どこかほかの場所みたいなところに行きたくなりますから、それでこういう形になるんでしょうかね。
―― 『禁猟区』のようなリアルな社会と触れるような作品とは別に、近年、『逆島断雄』シリーズのような青春アクションファンタジーも書かれていますね。
何でもありだと思うんですよね、言葉でつくるものって。たとえば絵の世界で言うと、抽象的なものとか、コンセプチュアルなものを描く人がいる一方で、ものすごくリアルに写実画を描く人もいるじゃないですか。小説もいろんなタイプのものがあっていいし、書いたほうが小説家としては武器になる。何よりいろんなものを書くのが楽しいんですよ。
それと『逆島断雄』シリーズについて一つ言えるのは、今の人たちが異世界ものが好きなのはよく分かるんです。今、目の前にある世界は本当につまらない。嫌だから逃げたい。そういう欲求は自分にもあるので、異世界系も書きたいなと思いますね。
―― 『禁猟区』に朝比奈若葉というベテラン作家が出てきます。若葉は文美子にとってもの書きの先輩であり、女性としても性について率直に語り合える相手です。
若葉さんみたいな人は本当に憧れの女性ですよ。不思議なんですけど、本当に性を楽しんでいる人って年齢なんか関係なくいるんですよね。職場の若いアルバイト学生なんかとエッチしてる中高年の女性とか。なので、そういう伸び伸びした感じの女性が欲しかったんですね。ママ友の噂話になることに戦々恐々としている人たちもいれば、自由に性を楽しんでいる人もいる。これも今の現実だと思うんですよね。
日本文学の主流は愛と性
―― 石田さんは多彩なジャンルの作品をお書きになっていますが、中でも恋愛小説は大きな幹になっています。ご自身のモティベーションはどこにあるとお考えですか。
僕、恋愛と性について書いたものこそが、実は日本文学の主流だと思っているんですよね。『源氏物語』から始まり、谷崎潤一郎、川端康成という流れですね。正直言って、日本の近代文学を代表するとされている夏目漱石とかはあまり面白いと思わないんですよ。
―― 日本の作家は男女問わず、性についてかなり踏み込んで書いてきましたよね。和歌も恋の歌ばかりですし。
結局、そういう柔らかいものとか、思い思われみたいな恋愛の世界が日本文化の核としてあるんだけど、それがだんだんちょっと薄れてきちゃっているのかなという感じはします。恋愛小説の数自体が減っていて、とくに男性が書かなくなりましたよね。恋愛が書かれていてもベッドシーンがなかったり。時代の清潔さが尊ばれるということなのかもしれないけど、それもちょっと寂しいかな。二人がどんな夜をすごしたのか読ませてよと思いますからね。
―― 小説の魅力として、日常生活では縁がなくても、こんな女性いいなとか、こんなイケメンと付き合ってみたいとか、夢を見られますよね。『禁猟区』はまさにそういうところがあります。
そう思ってもらえるといいですね。『眠れぬ真珠』のサイン会で「この本、暗記するまで読みました」という読者がいたんですよ。「何回読んだの」と聞いたら、「十七回」と言われて、えーっと思ったもんね。『禁猟区』もそうなってもらえると嬉しいですよね。