「やるだけやってみたらどうですか」

「龍角散」は当時、商品の広告が注目されながらも、売上になかなか結びついていなかった。新製品を出しても育たず、ドラッグストアのチェーン化にも十分対応できない。製造や品質管理に費用がかかる一方、売上はいっこうに伸びない状況にあったのだ。

「一時、会社を引き継がない道まで考えました」

藤井氏はそう振り返る。会社は売上低迷、新製品も失敗続き。藤井氏は妻に「相続放棄という手もある」と相談した。すると妻からは、こんな答えが返ってきたという。

「『龍角散』のおかげで音楽を学び、社会経験も積めたのだから、ご先祖様にご恩返ししなくて良いのですか。やるだけやってみたらどうですか」

一生借金を返し続ける人生になるかもしれない。それでも――。妻の言葉に背中を押され、藤井氏は「龍角散」の経営を担う決心をした。そこで藤井氏が立てた問いは、会社の欠点を数えるだけでは生まれないものだった。

「これほど状況が悪いのに、『龍角散』はまだ売れている。なぜ買い続ける人がいるのか?」

小林製薬に在籍していたころ、藤井氏は競合として「龍角散」を分析していた。外から見れば、勢いを失った会社に思えた。それでも商品を求める人がいる。その理由は、社内の人に尋ねてもはっきりしない。

「ならば、実際に使っている人に聞こう」。そう考えた。

「ゴホン!といえば龍角散」でおなじみ、鎮咳去痰薬「龍角散」の銀色の缶に、愛用者へのアンケートはがきを入れて調査を行ったところ、藤井氏が予想していたものとは違う答えが次々と返ってきた。

社内では「古い」と見ていた「龍角散」を、愛用者たちは、歴史と伝統を守る「のど」の専門メーカーの商品として信頼していた。

「薬局に商品がなければ、ほかの店を探して買う」

そんな愛用者の声を今でも鮮明に記憶していると話す藤井氏。

「涙が出るほど嬉しかった。まだこの会社には種火が残っている。絶望的な会社再建に、初めて確かな光が差したんです」

龍角散の愛用者の声が何よりも嬉しかったと語る藤井隆太氏(写真/齋藤周造)
龍角散の愛用者の声が何よりも嬉しかったと語る藤井隆太氏(写真/齋藤周造)

見えていなかったのは、商品の評価だけではなかった。

会社は、「のど」の薬を主に冬の風邪の季節に売るものと考えていた。だが、愛用者の中には一年を通して使う人がいる。「のど」を使う仕事をしている人、日ごろから「のど」を気にかけている人、妊婦や高齢者……。売り手が思い描く場面より、暮らしの多くの場面でユーザーは商品を愛用していた。

「手を広げて大企業のようになるのではなく、『龍角散』を必要とする人に、会社の強みを生かした商品を届けたい。余計なことはやめよう。大企業になりたい病から脱却しよう」