“書くのが苦手”だった大久保佳代子が身につけた「筋力」
この連載をはじめ、数本のエッセイ連載を抱えている私ですが、今年の春からまた新たに某有名雑誌で連載がスタートしました。
そのオファーをいただいたときは、正直、迷った、悩みに悩んだ。
なぜなら、それが“週刊連載”だったから。
同じエッセイでも月に1本と週に1本書くのとでは大違い。
後者は本当に大変なんですよ。
実は私、過去にも週刊連載を経験しておりまして。
それは有料サイトのコラムというクローズドな場所での連載でね。
そのせいか、これがまあ〜驚くほどに反響がなくて。
故に「読んでいる人なんていないんじゃないか」と勝手に思い込み、どんどん気も緩んじゃって、二日酔いのモーローとした頭で原稿を書き上げたこともあったりして。
毎回、担当者が届けてくれた「すごく面白かったです」の一言。
「たとえ読者はいなくても、この人のために私は書こう」という気持ちで約15年続けた有料サイトの週刊連載。
あのゆる〜い感じでも大変だったのに。
これが有名週刊誌ともなれば、さらに高いクオリティを求められるだろうし、当たり前だけど適当に書くわけにはいかないわけで。
そりゃあ不安にもなるわけですよ。
「大丈夫なのか、できるのか、私⁉︎」って。
でも、ここは“やらない後悔”よりも“やる後悔”。
思い切って、挑戦しようと決めたのです。
で、実際にやってみた感想は「思った通り」、まあ〜大変(笑)。
そもそも、今でこそこんなにエッセイを書いている私ですけど、書くのは得意じゃないというか、どちらかといえば苦手なんですよ。
学生時代の作文や読書感想文を読み返しても、当たり障りのないことばかり書いているし。
大学で文学部に進学したのも単純に消去法。
親から“上京チケット”を手に入れるためには大学進学が必須条件だったから。
「専門的に学ぶほど勉強に興味はないし、文学部ならざっくり学べそうだし、ここなら偏差値も届きそうだし」って……まあ要は何も考えずに受験したんですよね。
結果、卒論の課題に太宰治を選んだものの何も書くことがなくて。
論文の大半を太宰の経歴で埋めるという暴挙に出たところ、まんまと「もっと自分の視点で書いてください」と教授から突き返されちゃったりして。
今、振り返っていて気づいたんだけど。
多分、私は自分の思いを言葉にするのが苦手なんだろうね。
目の前で起きた出来事や事実を言葉にできても、「私はこう思った」「私はこう感じた」に繋げるのが苦手。
とにかく情緒的なものを文字にするのが苦手。
小学生の頃、親友と交換日記をやっていたんですけど。
それもまた、1ページに「せ」、2ページに「っ」、3ページに「く」、4ページ目に「す」、覚えたての下ネタを大きく書いてはアハハと爆笑するような、情緒もクソもないひどいものでしたからね。
そんな私が書くことを続けられたのは、褒めてくれる人がいたからなんだろうな。
有料サイトの連載もだけど、初めてオシャレな雑誌で連載を持ったときも担当編集さんがすごく褒めてくれたんですよ。
それが嬉しくて、また褒めてもらいたくて、何度も読み返しては時間をかけて書いたりして。
そんなことを繰り返していたら、いつの間にか“書く筋力”がついていた、そんな感じなんだよね。













