「失敗はない、改善があるだけ」
もうひとつ、伊藤が強く意識しているのが「属人化させない」ことだ。象徴的なのが、男子代表ダイレクターという自らのポジションについての考え方だ。
「JBAの強化のうちの大きな一つが、人材育成です。代表ディレクターというのは、日本代表を強くするためのGMのような仕事で、非常に大切なポジションです。4年後、8年後も優秀な人がそこにディレクター=GMとして携わることが大事だと思うので、いろんな人を候補に入れさせてもらっています」
普段は伊藤自身が代表のチームダイレクターを務めているが、その経験を積めるような将来のダイレクター候補にもチャンスを与えている。例えば、若手選手が主体で戦う大会では、東京サンロッカーズGMの松岡亮太氏と、アルバルク東京GMの伊藤大司氏の2人に任せることにした。なお、大司氏は、伊藤拓摩自身の弟にあたる人物だ。
「代表のダイレクターとは、日本でもトップクラスの選手、コーチ、BリーグのGMの方々とコミュニケーションを取れなければいけない。すごく難しいポジションでもあります。将来のHC候補や代表選手がいるのと同じように、ダイレクターになり得る人が複数いる状態がJBAとしての強みになるはずなので」
トップが変われば方針も揺らぐ、という属人的な組織にはしない。健全な競争のなかで後継者を育てながら、中長期の強化計画を進める。この発想も、目標と責任の所在を明確にするという先の話と、根っこは同じところにつながっている。
もう一つ印象的なのが、人材に支払う「対価」についての考え方だ。JBAでは近年、Bリーグの現場で結果を出しているコーチやスタッフが、兼任というかたちで代表活動に関わるケースが増えている。代表のHCである桶谷大はBリーグの川崎ブレイブサンダーズのHCと兼任だし、HCを支えるコーチ陣も兼任の人がほとんどだ。
「優秀な人は限られているので。だから、兼任をしていただく方にはボランティアではなくて、割いた分の時間や、その能力で達成したインセンティブみたいなものをしっかりとお支払いできる組織にしたいです。優秀な人の時間をいただくということは、それなりの対価を払わなければいけない。個人的には、もっとそこの予算を増やしていけたらなとは思っています」
名誉やボランティア精神だけに頼る組織は、一見美しく見えるが、長続きしにくい。
働きに見合った対価を明確なルールのもとで払う仕組みは、優秀な人材を持続的に集めるだけでなく、評価基準を透明にすることで、組織の健全性そのものを保つことにもつながっていく。
こうした組織論を伊藤はどこで学んだのか。答えは意外にもシンプルだった。
「やはり長崎ヴェルカで社長という役職に就いて、組織全体を見るようになったからでしょうか。強い組織というのは、バスケット側だけが強くても継続的ではないと思いますし。事業側だけが盛り上がっても魅力的にはならないと思うので。両方が機能して、強くて、魅力的な組織になるためにどうしたらいいのか。そこはやはり、社長になったからこそ自分事になり、色々と考えてきたというのはあるかなとは思います」
長崎は昨シーズンのBリーグ王者で、伊藤はそのチームの強化責任者だ。HCをはじめとしたコーチ陣や選手を集めてくるのも彼の仕事だ。ただ、それと同時に、社長として会社の売り上げを伸ばすような任務もある。ファンクラブ関連の施策から、試合のチケットの値段の決定まで、仕事は多岐にわたる。
現場のコーチとしてキャリアを積んできた人間が、経営の視点を得たことで、目標設定や権限委譲、人への投資といった、スポーツの現場では見過ごされがちな組織運営の基本に向き合うようになった。
目標を明確にする。権限を渡す。次の担い手を育てる。働きに報いる。そのすべてが噛み合ったとき、初めて「批判を恐れず、改善し続ける組織」が機能する。伊藤がJBAで取り組んでいるのは、精神論に頼らない、地に足のついた組織改革の実例である。
つまり、「失敗はない、改善があるだけ」という考えは、精神論ではない。仕組みの上に成り立つ、極めて実務的な結論なのだ。
取材・文/ミムラユウスケ













