教科書的な啓発ポスターより高い訴求力の代償

そもそも法務省は何を期待していたのか。

8月5日の発表を見ると、その狙いはかなり明確だ。

法務省は『ラヴ上等』について、参加者が「過酷な生い立ちや過去の罪など生きづらさ」を抱えながら、自分と向き合い、他者との関係の中で成長していく作品だと評価。

それが更生保護の掲げる「人は変われる。一緒なら」というメッセージに通じるとしてタイアップを決めた。そして番組をきっかけに、広く更生保護の取組を知ってもらいたいとしていた。

法務省と『ラヴ上等』のコラボポスタービジュアル(法務省プレスリリース)
法務省と『ラヴ上等』のコラボポスタービジュアル(法務省プレスリリース)
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さらに法務省は取材に対し、作品完成後にNetflix側からタイアップの提案を受け、完成作品を事前に確認したうえで決定したと説明している。つまり、少なくとも法務省は問題となった発言を含む完成作品を確認できる状態でタイアップを決めていたことになる。

むしろ問われるべきは、作品を確認したうえで、公的機関の「更生保護」の広報として適切だと判断した基準だろう。

考えられる狙い自体は理解できる。

「更生保護」という言葉だけを掲げても、多くの人には仕事内容が伝わりにくい。そこで人気配信サービスのリアリティショーを入り口にし、過去に問題を抱えた人も人との出会いや居場所によって変わることができる――そんな物語を通じて、更生を身近なテーマとして届けようとしたのだろう。

広報としては、教科書的な啓発ポスターより訴求力ははるかに強い。しかし、その「強さ」こそが落とし穴だった。

犯罪や非行を経験した人の人生を描くこと自体を否定する必要はない。

むしろ社会復帰において、就労、住居、人間関係、地域とのつながりが重要であることは、国内外の再犯防止研究でも繰り返し指摘されている。法務省の再犯防止政策も、就労・住居の確保や地域による包摂などを重要施策に位置づけている。

米国立司法研究所(NIJ)の研究資料でも、家族や地域社会の支え、雇用、本人の変化への動機などが、犯罪から離脱していく過程に関係すると指摘されている。

だから「不良だった人間を表舞台に出すな」という結論では、むしろ更生保護の理念と逆方向に進みかねない。

問題は別のところにある。