ターゲット
2019年(令和元年)12月4日――。
その日、桜島は悠然と噴煙を上げ、やわらかな日差しが大隅半島に降り注いでいた。
藤田千代子は、入院中の母・初子の容態が悪化したと知らされ、鹿児島県の肝付町の実家に帰っていた。ナースとして中村哲に仕え、パキスタンのペシャワールの病院でハンセン病患者の看護を始めてから30年ちかくが過ぎ、気がつけば還暦を迎えていた。
不意に携帯が鳴った。
相手はアフガニスタンで中村を補佐しているジア・ウル・ラフマンだった。医師のジアは、日本人スタッフが引き揚げた後、白衣を脱ぎ、アフガニスタン東部の中心地、ジャララバードのPMS(※ピース・ジャパン・メディカル・サービス=平和医療団・日本。以下、※は筆者注)事務所の総責任者に就いていた。電話に出ると耳もとでジアの大きな声が響いた。
「シスター・フジタ! ドクター・サーブが……中村先生が、撃たれました」
「えっ」と藤田は息をのんだ。不思議と冷静だった。時刻は、午後0時30分を少し回っている。4時間半の時差があるのでアフガニスタンは、いま午前8時過ぎだ。きてほしくないけれど、いつかこんな日がくるかもしれないという予感、いや覚悟はあった。藤田は聞き返した。
「先生はターゲットだったの? それとも流れ弾が当たったの?」
「ターゲットです。狙われました。四人の警護官と運転手も一人、撃たれました」
「先生は意識あるの? 話せるの?」
「話せます。身体の表層部分を撃たれたので命に別状はありません。いま、先生は病院に向かっています」とジアは言い、いったん電話は切られた。













