「江川が一試合に本気で投げた球って数球しかないと思う」
江川の球をバッターバックスで見た人は必ず低目からグィーンとホップすると表現するが、物理学的にボールがホップすることはあり得ない。ボールは引力や空気の抵抗等の力を受けるため、必ず緩い放物線を描きながらピッチャーからキャッチャーへ飛ぶ。
ボールに外的負荷がかかればかかるほど初速と終速の差が大きくなり、ボールが描く弧も大きくなる。まともに空気の抵抗力を受けた場合、ボールは約2.1メートル進むごとに約1.6キロの割合で減速するため、終速は初速からおよそ21キロ減速される計算となる。
だが回転数が多ければ多いほど空気の抵抗力を受ける度合いが少なく、それにより初速と終速の差が少なくなりボールが描く弧も当然小さくなる。
人間の脳はある程度ボールが描く弧をイメージしており、その弧がイメージより少ないとボールが浮き上がって見えると錯覚してしまうのだ。
江川のストレートの伸びが凄いというのは、回転数が多いため初速と終速の差が少なく、ホップするように見えるからだといえる。
試合前のデモンストレーションでもある江川の遠投が回転数の多さを現している。低い位置からボールを投げ、そのままボールが全然落ちて来ずシュルシュルシュルと緩い放物線を描きながら80〜90メートルまで軽く届いてしまう。
それは回転数が異常に利いたスピンのため、ボールが空気の抵抗力に影響されずそのまま低い弾道でも届いてしまうからなのだ。
秋のリーグ戦は6勝1敗、防護率1.14という成績で六シーズンぶりに優勝を果たし、一年生にして胴上げ投手となった。大学野球の最高峰と言われる東京六大学の舞台でも、江川は華々しい活躍を見せる。
植松は、野球部の寮の建て替えのため近くの下宿先に江川と一時期一緒に住んでいたこともあり、非常に仲が良かった。
「高校全日本で韓国遠征行ったときに、最終日のホテルで江川と同室になってから仲良くなりました。豊橋の勉強合宿でも一緒に勉強した仲で、慶應も仲良く落ちて法政に行くのも一緒。
大学はリーグ戦だから、第一戦江川が先発し、第二戦は戦況によってリリーフ、第三戦までもつれるとまた先発ってパターンだから、省エネ投法に徹してましたね。高校時代はバッタバッタと三振取る剛腕だったけど、大学時代はかわすピッチングで老獪でしたよ。
でもランナーが二塁に行くと、力入れて投げるんだよね。どうだろう、一試合に本気で投げた球って数球しかないと思うよ。それほどレベルが違っていたし、そうやってやらないと持たない。プロに入っていろいろなピッチャー見ましたけど、江川が特異だっただけに、速いなぁと思っても凄いなぁ、打てないなとは思わなかったですね。江川は、まあ手加減してくるんです。とにかく江川より凄いと思ったことはないですよ」
甲子園から神宮に舞台を移しても、江川卓のスケールは変わらない。肘が少し下がり気味になってフォームに迫力がなくなり打たせて取るピッチングになったとはいえども、要所要所で締める球は超一級品。
“神宮の星”江川卓は、一体どこまで光り輝くのだろうか、誰もが江川の未来に大きな期待と夢を膨らませる。だが、人生はそんな都合よくいかないもの。高校一年時から煌めくようなスター街道を走り続けていた江川に陰りが見え隠れしたのは、大学二年の秋口だった。
文/松永多佳倫 写真/shutterstock













