AIが虚構の世論を作り出す
かつて「世論工作」といえば、国家の諜報機関や一部の専門集団が行うものだと考えられていた。しかし生成AIの登場によって、その前提は根底から覆りつつある。今や、誰でも簡単に、しかも大規模に世論工作を仕掛けることが可能になってしまったのだ。
ある国の組織が実際に行った事例は、その典型だ。まず数万件もの偽の顔写真を生成し、それを使って「存在しない人々」のアバターを作成する。そこにSNSアカウントを与え、さらに生成AIで作った政治的に偏った言説を現地の言葉で大量に投稿させる。AIは多言語対応が可能であるため、どの国を対象にしても「その国の人が自然に書いた」ような文章を大量に生み出すことができる。
もし日本のX上で、数万人が同じ方向に偏った発言を一斉に繰り返せば、それだけでトレンドに浮上し、あたかも大きな世論が存在するかのような錯覚を生み出すだろう。これを目にした一般のユーザーは「こういう出来事が本当にあったのだ」と受け止め、無意識のうちに世論が誘導されていくのである。
この仕組みはすでに現実化している。報道によれば、一部地域でこの組織の世論工作が実際に行われていた。
背景にはビジネスの存在がある。例えば、ある政府関係者から資金を受け取り、特定の政治的立場に有利な言説を拡散することを「仕事」として請け負う組織が確認されているのだ。つまり、世論操作は国家間の謀略活動にとどまらず、資金さえあれば誰でも発注できる「サービス」と化しつつあるのだ。
ここで重要なのは、「報道されている事例は氷山の一角に過ぎない」という点である。公になったものですら数万単位の偽アカウントが使われているのだから、実際には表に出ていない活動が無数に存在すると考える方が自然だろう。
SNSのアルゴリズムは「話題の大きさ」を可視化する仕組みを持つが、その「大きさ」自体が捏造されている可能性がある。私たちが日常的に目にしているトレンドが、実はAIが自動生成した虚構の集合体であるとしたらどうだろうか。
私たちは、自分の意思で拡散しているつもりでも、その背景にはAIが生み出した虚構の世論があるかもしれない。「みんなが怒っている」「多くの人が賛同している」と感じるとき、その「多くの人」が実在しない可能性があるのだ。こうした仕組みがすでにビジネス化しているという現実は、民主主義にとって深刻な脅威である。
世論工作の大衆化とは、特殊な組織や国家だけでなく、資金とAIを持つ者なら誰でも世論を操作できる時代が到来したということだ。つまり、「自然な大衆の声」だけでなく、「作られた大衆」が紛れ込んでいる。私たちは今、そうした虚構と現実が入り混じる情報空間の中で意思決定を迫られているのである。













