是枝監督は、何故韓国で撮影したのか
日本でも話題の“赤ちゃんポスト”の物語を、「なぜわざわざ韓国で」と思う観客は多いはずだ。私も、そのひとりだった。その疑問に答えるには、日韓の映画製作の現状の違いを知る必要があるだろう。
韓国映画界は政府の締め付けを嫌い、自由に映画製作ができるようにと、今から半世紀前の1973年に半官半民のKOFIC(韓国映画振興委員会)を釜山に設立している。また、作り手側の人材育成を第一責務と考え、1984年には韓国国立映画アカデミーを開校。同校はアカデミー作品賞『パラサイト 半地下の家族』のポン・ジュノ監督を始めとして、一流映画人を輩出している。
映画製作費の差も見逃せない。現在の日本の国家文化予算は韓国の約9分の1だ。そして、海外では禁止されている大手映画会社直轄の映画館経営が日本では合法であり、興行収入の約8割を大手3社が独占している。更に、日本の文化庁の映画予算が年間20億円、韓国映画振興委員会KOFICの予算は400億円と、大きな差がある。ちなみに韓国ではチケット税を財源としており、興行収入の3%を映画関連行政機関でプールして再分配しているのだ。
予算や製作環境などが日本よりも遥かに優れている韓国映画界。是枝監督が韓国で映画を撮ったのは必然であるし、今後日本の監督が同国で映画を撮るという流れが加速する可能性もある。実際に、今年のカンヌ国際映画祭で韓国映画は高く評価された。
次に韓国社会の現状を考察する。
日本と異なる養子縁組事情
物語の内容をよりよく理解するために、もうひとつ日本とは事情が異なる韓国の養子縁組に対する社会的認識も知っておきたい。
韓国の少子化問題は日本以上に深刻で、2022年現在、日本の合計特殊出生率1.66%に対して韓国は0.81%。結婚年齢も日本より高齢化している。その背景には、20代~40代の非正規雇用者率が30%近い超就職難という現実がある。
そして1953年、朝鮮戦争直後に一気に増加した孤児も大きく関係している。その時代から子供たちを貧乏の中で苦労させるよりはと、裕福な家庭への養子縁組を許容する文化が生まれた。現在もこの流れは続き、養子縁組という「善意」と、「金」の間に矛盾はないと考えている人は多いようで、養子縁組斡旋は主に民間団体に任されている。
こうした韓国での養子縁組事情をふまえつつ、この映画を通して、「善意」と「金」の間に本当に矛盾がないのか、誰の正義が正しいのかといった、「社会」「家族」「命」を描いてきた是枝監督ならではの演出を楽しんでもらいたい。