為替取引のフローが発生しにくくなっている原因

河野 その最大の理由はなんだとお考えですか?

唐鎌 理由は一つではありませんが、「対外純資産構造が変化したから」という仮説を、私は10年ほど前から唱えてきました。少し長くなりますが、お話しさせてください。

日本は長らく「世界最大の対外純資産国」のステータスを維持してきました。2024年末時点では、ドイツに抜かれ34年ぶりに世界第2位となったことが話題になっていますが、対外純資産は約533兆円と過去最高でした。しかし、注目すべきは「残高」ではなく、その「構造」の変化です。

ドイツ国旗(写真/Shutterstock)
ドイツ国旗(写真/Shutterstock)

たとえば、2000〜2005年平均で見ると、日本の対外純資産における最大項目は証券投資で、半分程度(約46%)を占めていました。同じ期間、日本企業による海外企業買収や海外生産移管の表れである直接投資は20%もありません。

しかし、2014年に両者の比率は初めて逆転し、その後、直接投資の割合が証券投資を大きく突き放すようになります。

2024年末の時点では、直接投資が約56%であるのに対し、証券投資は約27%と、かなりの差が開いています。

河野 その構造変化により、円が「普通の通貨」になったということですかね。

唐鎌 はい。大いに関係があると思っています。というのも、過去に「危機的な状況になると円が買われる」という動きがあったのは、対外純資産の半分以上が流動性の高い海外の有価証券だったことも影響していると私は考えます。

市場心理の悪化に伴って海外の有価証券、たとえばアメリカの国債や株式などを売却し、母国通貨である円に戻すという資金の流れは、さほど珍しいことではありません。日本はその海外の有価証券を潤沢に持っていたわけですから、「危機的な状況になると円が買われる」ということになりやすい側面があったのではないかと。

しかし、お話しした通り、今は対外純資産の半分以上が、日本から海外への直接投資の結果です。それは要するに、日本企業の海外企業買収や海外生産移管の結果です。

写真はイメージです(写真/Shutterstock)
写真はイメージです(写真/Shutterstock)

河野 危機的ムードが高まったからといって、海外工場や買収した海外企業を売却して円に戻す、という話にはならないですからね。

唐鎌 その通りです。経営判断の末に買収した海外企業を、市場心理に応じて手放すということは、現実的に起こり得ないでしょう。また、海外で購入した土地や工場をすぐに引き払うでしょうか。これも考えにくいと思います。

対外純資産の半分が有価証券の時代には「有事の円買い」が盛り上がりやすかったものの、今や半分以上が直接投資になってしまい、その部分に関しては、かつてほど為替取引のフローが発生しにくくなっていると推測します。