なぜ、〈かにや旅館〉育ちの力士は丁寧にタオルを畳むのか
――夫妻のどんなところに人づくりの情熱を感じたのですか?
昨年、相撲界で、こんな話題が広まったのをご存じでしょうか。制限時間一杯になり、タオルで顔や上半身を拭いたあと、きちんと丁寧に畳んでから土俵下の呼び出しさんにわたす力士がいる……。
使ったタオルをそのまま無造作にわたす力士が多いのですが、実は、これ、〈かにや旅館育ちの力士〉たちなんです。大の里も白熊も、いまも丁寧に畳んでいます。強いだけではなく、礼儀も身につけているんです。
忘れられないのは、23年9月。大の里と白熊の十両昇進を祝って、海洋高校で「化粧廻し贈呈式」が行われました。
化粧廻しが許されるのは、十両から。化粧廻しや紋付き袴を揃えると150万円はかかります。田海さん夫妻は地元の後援者を回って、その費用を集めたそうです。
私も昇進をお祝いしたくて、〈かにや旅館〉を訪ねました。居間では、大の里と白熊がくつろいでいました。そこに台所から恵津子さんがやってきて、きっぱりとした口調でこう言いました。
「この化粧廻しは、年金暮らしのお年寄りやパートで働く人たちが大切なお金を出し合って贈ってくださったもの。その気持ちを絶対に忘れないでほしい。私が言いたいのはそれだけです」
ふつうの教育者だったら「贈ってくださったもの」のあとに「だから」が続くと思うんですよ。「だから、がんばれ」とか「だから、化粧廻しに恥じない力士になれ」とか……。
でも、恵津子さんは「その気持ちを絶対に忘れないでほしい」で終わり。大の里や白熊は、こういう人に育てられたのか、と感じました。