ファンに惜しまれながらグラウンドを去れ 

私は坂本の全盛期から「巨人は坂本のライバルを育てろ!」と著書やコラムで書き続けてきた。そうすれば坂本が危機感を募らせて練習を重ね、結果として彼の選手寿命を延ばすことになるからだ。

しかし原巨人は坂本が倒れるまで後継者の育成を怠り、2年連続Bクラスの苦汁をなめて初めて、坂本を三塁にコンバートした。

私はたびたび坂本の手抜きプレーについて、「このままでは選手寿命を縮めるぞ」と指摘してきた。あれから2年。新監督の阿部は、坂本の登録抹消について「二軍で調整のため」というが、もう遅い。

人間は歳とともに衰えるのが自然の法則である。これまでの坂本の私生活と野球に取り組む姿勢を見ると、34歳になって二軍に行かせても休ませるだけで、巨人最高年俸に見合う復活は無理だ。もう引退したほうがいい。

引退といえば、思い出すのは王貞治の見事な引き際だ。王は早稲田実業から1959年に巨人に入団し、1980年のシーズンを最後に40歳で引退した。

引退の理由を「王貞治としてのバッティングができないから」と語った。決断の瞬間について、以前なら打てたはずの中日・戸田善紀の球がものすごく速く見えたから、と語っている。

その年の成績は打率.236、30本塁打。プロ22年間の通算成績は打率.301、868本塁打だった。

のちに担当記者から「まだホームラン20本以上、打率3割は打てたでしょう」と聞かれると、「打てると思う。でも巨人の王がそれではファンが納得しないよ」と語った。

同じような引退の決断は、広島の小早川毅彦からも聞いた。彼は広島とヤクルトで通算16年現役を続け、通算打率.273、171本塁打を放ったが、「これまで打てていた球が打てなくなったので辞める」と言ってバットを置いた。37歳だった。

選手は最後まで現役生活にこだわることなく、誇りを持ってユニフォームを脱ぐものだ。プロ通算18年、巨人のショートを長年守り続けた坂本も、ファンに惜しまれながらグラウンドを去ったほうがいい。

広岡達朗が巨人・坂本勇人に勧告「ファンに惜しまれながらグラウンドを去れ」対照的だった王貞治の引き際の美学_3
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『阿部巨人は本当に強いのか 日本球界への遺言』 (朝日新聞出版)
広岡達朗
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2024年11月21日
1320円(税込)
176ページ
ISBN: 978-4023323773
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