「このバタバタを終わらせて、必ず再婚しよう」
この時点でも、まだ詐欺だと疑いもしなかったCさん。2023年2月から10月にかけて、江尻容疑者と会う頻度が極端に減り、連絡も取りづらくなったそうだ。その代わりに、秘書役の武田が毎日、次のような連絡をしてきたという。
「姫、社長は姫にお金を返すために日々奔走しています!」
「姫、毎日一緒に頑張りましょう」
「社長を信じて待ちましょう」
武田の演技は迫真だった。そして、たまに連絡してくる江尻容疑者からは、こんな言葉もささやかれた。
「お金を借りて、迷惑かけてごめん。このバタバタを終わらせて、必ず再婚しよう」
さらに、途中で静岡県に実在するアスベスト関連会社から江尻の会社宛の入金についての偽造見積書も見せられ、「近々この会社から7000万円の入金があるから、それで返す」とも告げられたという。
しかし、お金は一向に返される気配がなく、Cさんが最後に江尻容疑者に会ったのは昨年10月だった。その後、2024年の年明けからは電話もLINEも不通に。連絡がつかなくなった時点でCさんは焦りを感じたが、今年8月に突然、江尻容疑者本人から連絡が来たという。
「なんと、江尻は悪びれる様子もなく、結婚詐欺を繰り返していたことを白状しました。毎日が自転車操業だったことや、多くの女性からお金を借りていたが少しずつ返していくつもりだと打ち明けてきたんです。その瞬間、目の前が真っ暗になりました」
その後、Cさんは、江尻容疑者が逮捕されたことを知り、自らも10月20日に被害届を提出した。
「刑事からは、被害者の数が多く、担当する刑事を増やしていると聞きました。被害総額は3億円を超えるそうです。『お金についてはコメントしようがないですが、罪に関してはとことん追及しますので』と言ってもらえたことだけが救いです。
うちの子どもはこれから高校と大学の受験を控えています。江尻に渡したお金は、そのための受験費用だったんです。江尻は殺人を犯したわけではありませんが、人の人生を大きく狂わせました。気持ちとしては、極刑にしてほしいくらいです……」
本件についてCさんは、両親はもちろん、友人にすら打ち明けられずにいる。「とにかく毎日が苦しい。どうしていいか、本当にわからない」とうなだれる姿は、見ているだけでも胸が痛む。
後編では、被害女性たちを「仲介役」や「事務員役」に仕立て上げ、詐欺に巻き込んでいったこの事件の闇の深さに迫る。
取材・文/河合桃子 集英社オンライン編集部ニュース班