好きな仕事をして、喜んでくれる人がいて、それよりいいことあるの?
大手企業を早期退職し、3人で創業した「五島つばき蒸溜所」。
建物の1階は、海を望める屋根付きのテラスになっており、ときに3人が造るクラフトジン「GOTOGIN」と食のイベントなどを催すカウンターも設えられている。
そのテラスでの取材にまず出て来てくれたのは、代表の門田クニヒコさんだった。
3人お揃いのオーバーオールに、真っ黒に日焼けした健康的な笑顔の門田さん。日焼けの理由を尋ねると「毎日昼休みに10分、目の前の海にザブーンと入って泳ぎます。シャワーを浴びて、午後からまた仕事です」
銀行から受けた融資の返済計画は15年。
「キリンの新入社員の給料より安い額ですが、3人の報酬を出して、月800本売れば赤字にならない計算でした。クラフトジンは日本じゃ売れないと思っていたんですが、初年度から計画が達成できています。新聞や、NHKなどのテレビ番組で紹介されたこともあり、今、月3000本造っても足りず、正直こんなに売れると思っていませんでした」(門田氏)
現在、注文しても3か月待ち、定期会員は800人。「GOTOGIN」のファンが着実に増えているのだ。
「嬉しいですし、ありがたいですが、一種のブームなのか? という戸惑いもあります。ブームなら、いつか終わりますから」
メディアの取材では何度も「大変なことはありましたか?」と聞かれる門田さんだが…
「本当にないんですよ。サラリーマンをやっていた時に経験してきたことばかりですから。経験値が高まる50歳ぐらいでスキルを生かし、自分で起業するケースももっとあっていいと思います。
高齢になるほど大手の銀行が融資を渋るケースも増えるそうですが、シニアのサラリーマンが独立して活躍できる風土が、日本にもっとつくれたらいいのに、と思います。僕自身は働くことが大好きなので、こうして自分が好きな仕事をして、喜んでくれる人がいて、それよりいいことあるの? と思う毎日です」
創業して2年足らずで計画の何倍も好調な売り上げに、増産や倉庫の増築などで大忙しとなった。
でも「無理はしないが、手も抜かない」。残業はせず、17時半の終業後はそれぞれ趣味などプライベートに時間を使う。その姿勢は島の人たちに倣ったという。
「島の人の生活は豊かですよ。新鮮な魚や野菜を食べて、素晴らしい景色と空気の中でのびのびと人間らしく生きている。東京の人とは時間の使い方が違うんですね。例えば、蒸留所の建築工事でも、職人さんは納期が遅れても残業しないんですよ。最初にここに来た時はそれにめちゃイライラした(笑)。でも、残業という無理をしないだけで、仕事の手は抜かないんですね。
そんな島の人たちに向き合ってきて、自分も一日一日を丁寧に生きる姿勢を学んでいます。
仕事を終えると、漁師さんが船で釣りに連れて行ってくれたり、夜家に一人でいるとカラオケスナックに呼び出されたり(笑)。いわゆるワークライフバランスが取れているというか、プライベートな生活も大事に、リラックスして好きなことをやれているからか、キリンの元同僚に会うと『顔が丸くなったね』といわれます」(門田氏)