きっとどこかにこの曲の長さの意味をわかってくれる人がいる
音楽系の専門学校在学中に路上ライブで音楽活動を開始。1200組が出場した関西のストリートミュージシャン向けのコンテストでグランプリを受賞するなど、アマチュア時代から注目を集めていた植村さんは2005年、22歳でメジャーデビューを果たす。しかし、ヒット作に恵まれることなく月日だけが流れていた。
「次のアルバムが売れなかったら契約切れ」
そんな崖っぷちの状態でリリースされたのが、『トイレの神様』が収録されたミニアルバム『わたしのかけらたち』だった。
「私的にはたとえ契約が切れても、バイトしながら歌を続けるつもりでした。でも、メジャー最後の1枚として、それまで作っていた夢や恋愛の歌ではなく、私にしか作れない歌を作ろうと考えました。
複雑な家庭環境で育った私は祖母と暮らした日々に大きな影響を受けていたので、その経験を歌にしようと……」
祖母から聞いた「トイレをきれいにすると美人になれる」という言い伝えと、2006年に亡くなった祖母との思い出を織り交ぜて完成した楽曲にはこれまでにない手ごたえを感じた。しかし、9分52秒という長尺の曲に当初、レコード会社は難色を示した。
「レコード会社の方の反応は、それまで私が作ったどの歌よりもよかったんですが、10分は長すぎるから削ってほしいと言われました。どこか削れるだろうかと検討してみたものの、祖母と12年間一緒に過ごした日々を10分にまとめている時点で、かなりいろんな思い出を削っていて、もうこれ以上は無理だと思ったんです。
それで『検討しましたが、やはり難しいです』とお伝えすると、『これではプロモーションができません』と言われたので、『だったらプロモーションしなくて大丈夫です。きっとどこかに、この曲の長さの意味をわかってくれる人がいるから』と結局、短くしませんでした」
その後、2010年1月に『トイレの神様』がFM局で流れると問い合わせが殺到し、“泣ける音楽”として大ブレイク。「自分にしか作れない歌を作ることの大事さを改めて感じた」と本人が振り返るとおり、同年11月に同曲がシングルカットされると、オリコンチャートで2週連続1位、第52回日本レコード大賞で優秀作品賞と作詩賞を受賞、さらに同年の紅白歌合戦出場も決定した。