坂本龍一さんと「リーダーフル」な大衆
とはいえ、力の弱い市民が声をあげても効果がないと感じる人もまだ多いかもしれない。実際、神宮外苑再開発の問題が、全国的に知られるようになったのは、音楽家・坂本龍一さんが、亡くなる直前に小池百合子都知事などに宛てた手紙が報道されたことが大きい。もちろん坂本さんのような有名人が力を貸してくれれば、心強い。
しかし、スターが動かなければ、世の中は変わらないのだろうか。実は坂本さんはその後のメール・インタビューでこうも述べている。「私のように多少名前が世に知られた者の声ではなく、市民一人ひとりがこの問題を知り、直視し、将来はどのような姿であってほしいのか、それぞれが声を上げるべきだと思います」と。
それを部分的かもしれないにせよ、すでに体現しつつあるのが、今回の反対運動だ。自分も再開発反対の輪に加わって知ったのは、このムーブメントには「たったひとりの指導者」の存在や、立派な組織をもつ「大きな団体」がないということだった。
五輪開催前の新国立競技場問題のときから、10年以上にわたって、神宮外苑再開発の問題点を粘り強く情報発信している大人たちがいる一方で、大学生の団体がクラウド・ファンディングで、たちまち環境評価調査の費用をつくり、その結果を発表したりする。
地元の小学校の保護者たちは、住民の声を無視する事業者に対して、説明会を強く求める運動を始めた。神宮外苑の定期的なゴミ拾い活動を主催し、自分たちでこのエリアをケアする実践を始めたグループもある。デザインに強い人はチラシや動画の制作を頑張っているし、法律や条例に通じた人たちは都議会、区議会の傍聴に精を出し、議員たちとも連携を深めている。
つまり、大きな組織や有名人の力だけに頼るのでなく、むしろ、市民一人ひとりが、自分のアイディアや得意とする力を使って動き始めている。時に連携し、時に個人で動く。『コモンの「自治」論』の後半で解説する「リーダーフル」で自律分散型の動きがどんどん広まっているのだ。
こうした大勢の「ひとり」による、多彩で地道な運動があってこそ、神宮外苑の再開発反対の運動は世間の注目を集めるようになってきた。そもそも、あの坂本さんにこの問題にコミットするよう背中を押したのも、ひとりの市民が彼に宛てて送ったメールだったという。
また、坂本さんの遺志を継ぐというミュージシャンたちが音楽を使ったデモンストレーションで、神宮外苑に6000名を集めたこともニュースになったが、その運営にも手弁当で集まった「リーダーフル」な大衆が関わっている。ここでは、日本における新しい運動の可能性が、芽生えつつあるのかもしれない。
行き詰まる日本経済を前に、目先の利益のために、さらなる〈コモン〉の収奪を許すのか、それとも、資本の支配から市民が「自治」を取り戻すのか。日本の未来をめぐる選択は、自分たちが暮らす街づくりからすでに始まっているのである。
文/斎藤幸平 写真/shutterstock