うーん、どっちの方向を見ても水面と空が広がっています。歩いている人、ジョギングしている人、自転車の人、ローラースケートの人、ひとりの人、老夫婦、家族連れ、犬を連れたカップル、釣りをしているおじさん……。みんな気持ちよさそうです。ああ、ずっとボーっとしていたい。さらに道を進んで向こう岸にも行ってみたい。でも、そろそろ日が陰ってきました。
訪れるまでは何も知らなかった柳生駅。いざ来てみたら、見どころの宝庫でした。そして、未知の味の宝庫でもありました。そうだ、家でも旅の余韻に浸れるように、キムタクコロッケを買って帰ろう。駅に戻って、ふたたび山口肉店さんへ。
お店の方と散歩の成果を話しているあいだにも、次々に揚げ物の予約注文の電話が入ります。やっぱり、きちんと誠実に商いをしているお店は、地域に長く愛され続けるんですね。
待っているあいだに目に入ったのが「ひじきと枝豆の柳生メンチカツ 130円」というメニューの札。
「これもおいしそうですね。また今度来たときにいただきます」
「はい、ぜひぜひ」
そんなやり取りをした次の瞬間、頭に「とは言ったけど、また来ることはあるのかなあ……」という思いがよぎりました。
また来るかもう来ないか、それはどちらでもいいことなのかもしれません。本当に来たら自分もたぶん相手も嬉しい気持ちになれるし、来なかったとしても一期一会の思い出がひとつ増えます。ややこしい思いを抱いたのは、きっとまた来たいから。違う季節の土手も歩いてみたいし、谷中湖だって見どころはいっぱいありそうです。「きっとまた来よう」と思いながら帰りの電車に乗り込みました。春の一日を楽しく過ごした記憶と「また来たいと思う町」がひとつ増えて、とても有意義な旅でした。
(撮影/石原壮一郎)