うーん、どっちの方向を見ても水面と空が広がっています。歩いている人、ジョギングしている人、自転車の人、ローラースケートの人、ひとりの人、老夫婦、家族連れ、犬を連れたカップル、釣りをしているおじさん……。みんな気持ちよさそうです。ああ、ずっとボーっとしていたい。さらに道を進んで向こう岸にも行ってみたい。でも、そろそろ日が陰ってきました。

東武日光線柳生駅を降りたらキムタクコロッケと三県境に出合った_9
正面に見えるのが「中の島」。野鳥観察台が設置されているだけのことはあって、たくさんの種類の鳥が鳴いていました

訪れるまでは何も知らなかった柳生駅。いざ来てみたら、見どころの宝庫でした。そして、未知の味の宝庫でもありました。そうだ、家でも旅の余韻に浸れるように、キムタクコロッケを買って帰ろう。駅に戻って、ふたたび山口肉店さんへ。

お店の方と散歩の成果を話しているあいだにも、次々に揚げ物の予約注文の電話が入ります。やっぱり、きちんと誠実に商いをしているお店は、地域に長く愛され続けるんですね。

待っているあいだに目に入ったのが「ひじきと枝豆の柳生メンチカツ 130円」というメニューの札。

「これもおいしそうですね。また今度来たときにいただきます」
「はい、ぜひぜひ」

そんなやり取りをした次の瞬間、頭に「とは言ったけど、また来ることはあるのかなあ……」という思いがよぎりました。

また来るかもう来ないか、それはどちらでもいいことなのかもしれません。本当に来たら自分もたぶん相手も嬉しい気持ちになれるし、来なかったとしても一期一会の思い出がひとつ増えます。ややこしい思いを抱いたのは、きっとまた来たいから。違う季節の土手も歩いてみたいし、谷中湖だって見どころはいっぱいありそうです。「きっとまた来よう」と思いながら帰りの電車に乗り込みました。春の一日を楽しく過ごした記憶と「また来たいと思う町」がひとつ増えて、とても有意義な旅でした。

(撮影/石原壮一郎)