試合本番前の「儀式」

しかし可憐に見える彼女の心は、実は強靭だ。

「すごく、すごく落ち込んだけれど、(四大陸選手権に向けて)完璧な演技をしようって考えて、1月1日から練習を開始しました」

彼女はそう言って、2022年1月の四大陸選手権に向けてリンクで滑ることに打ち込んでいる。リカバリーも含めたノーミスを完成させるため、プログラムのなかでコンビネーションジャンプを2本入れ、「たとえどんなことが起きても大丈夫なように」と念には念を入れた。毎日、最大限でスケートに向き合い、気づいたら大会の日になっていたという。

その成果は出た。2017年以来、5年ぶり2度目の四大陸選手権優勝に結実したのだ。

「みなさんに、お手紙をもらったり、絵を描いてもらったり、メッセージをもらって、自分は本当に幸せ者だなって。その方々が少しでも笑顔に、元気になってもらえる滑りがしたい、そう思うことで、四大陸も負けずに滑りきることができました。感謝の思いしかないです」

そう言う三原は、やはり仁愛の人なのだろう。切実なほどの感謝の念で、その生き方がカタルシスになる。それは彼女だけの物語にはとどまらない。坂本の北京五輪でのメダルや世界選手権優勝も、同志として切磋琢磨した年月と無縁ではないはずだ。

――(スケートを始めた)小2の自分にタイムマシンで会えたら、なんて声をかけますか?

その問いに、三原は目に光を灯らせるようこう答えている。

「まず、『スケート習い始めて正解!』って言います。『フィギュアスケートは素敵で素晴らしいものだから、これからもっともっと練習して好きになってね』って。小学生の私がなんて言うか? えー、なんやろ。子供の私は音楽が鳴ったら、すぐに踊って、ずっと笑顔だったそうなので、ニコニコして『はーい』とか言ってそう」

夢のような時間を続けるため、氷上の天使は逞しく戦う。悲劇のヒロインにはならない。

試合本番に向け、三原は一つの儀式のように最上段からリンクを見下ろすことにしているという。一番高いところからでも、自分の演技が観客に伝わるか。丁寧にゆっくり、イメージを広げる。

「リンクは笑顔を生んでくれる場所だと思います」

三原にとって、スケートは希望だ。

写真/AFLO

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