10年前とは異なるモチベーション
2023年9月18日のヘッキー・ブトラーとの防衛戦では、通算で14回目の世界戦となる。すでに十分に世界王者として名声を得たかのようにも思えるが、さらなる高みとなる4団体統一世界王者を目指す。
「でも、4団体統一したいのは、応援してくれるみんなに喜んでほしい、というのが一番の理由ですね。それよりも今モチベーションとなってるのは、やっぱりボクシングが好きってことですね」
ボクシングの面白さに気づいたのは2017年に世界王者になった後、信頼する加藤健太トレーナーと練習を積み重ねてからだった。「ボクシングの奥深さがわかりはじめた」という。
「昔は世界王者になって『有名になりたい』とか『キャーキャー言われたい』とか思ってましたけど、今は全然(ない)。それより『ボクシング好きやな』『もっと強くなりたいな』って思ってます。ファイトマネーについても昔は金儲けしたいと思ってましたけど、まず強くなって、あとからついてくるやろと思うようになりました」
ボクシングは好きになったが、憧れの選手や好きなボクサーができたわけではない。誰かの応援は別として、以前と変わらず自分以外の試合は興味がない。そういったところも彼らしい。ただ新たに生まれたボクシングへの情熱は、加藤トレーナーにも伝わっている。
「彼が敗戦から再起したのも、やっぱりボクシングが好きだから戻ってきたんだなと思いました。ただこの競技を好きに越したことはないですが、好きとか嫌いっていう思いが雑念になることもありますから。拳四朗の本当の強みは好き嫌い関係なく、こちらの伝えたことを素直に受け止めて、100%実行してくれる力です。
ガマン強くてキツくても顔や態度に出さないし、絶対に言い訳しない。『自分はキャラクターで、リモコンで操作しているのは加藤さん』と彼は冗談で言ってますが、世界王者であってもそれくらい謙虚に、人を信じ抜く力を持っていることが彼のすごいところです」(加藤トレーナー)
とはいえ、拳四朗にそれとなく尋ねると、練習がツラいなと思うことは実は今でもあるという。「でも、加藤さんがあんだけパートナーとして練習一緒に頑張ってくれるんで」と話す。
「そういう意味では、一人では絶対続かなかったですね。この環境に感謝しています。三迫ジムは部活みたいにみんなで一生懸命頑張ってる。
大学時代と同じ? ああ、確かにそうですね、今となって思えば、あの頃の環境も当たり前ではなく、感謝せなあかんねんなと思いますね」
練習前後では、ジムで汗を流す一般会員とも気さくに話す。防衛戦直前の2週間前となったこの取材も、ピリピリした様子は一切なく、ストレッチしながら15分以上もトレーナーたちと一緒に雑談に付き合ってくれた。申し訳なく思ったが、「試合前でもいつもこんな感じで普通っすよ」と拳四朗は飄々と話してくれた。
「普通っす。仕事がボクサーってだけで、僕、普通っすよ。自炊もするしスーパーで買い物もするし、洗濯も自分でします」
そう笑ったあと、
「あ、でも、僕サイコパスってよく言われますね」
こちらがヒヤッとすることを言う。
「でも、それって褒め言葉でしょ? 無慈悲なくらいリング上で強いってことですから」
「普通」の世界王者はそう言って、珍しくちょっと得意気な表情をみせた。
取材・文/田中雅大 撮影/青木章(fort)