知られざる業界内のディテールを書き込む

岸本 石田さんは幼い頃はどんな子どもだったんですか?

石田 実は小さい頃のことをあまり覚えていないんです(笑)。本当に特筆すべきことは何もなくて。なので岸本さんのエッセイを拝読すると、中学時代や高校時代のことが手に取るように書いてあり、記憶力がすごい、自分とは違うと思いました。

岸本 どんな性格の子だったんでしょう。

石田 内向的だったと思います。幼稚園に行くのは億劫だったし、お遊戯とかも、なぜこんなことをしなくてはいけないんだろう、とか冷めていました(笑)。かわいくない子どもでした。

岸本 大学は理系の学校を出られているんですよね。いつから文章を書くようになったんでしょうか。

石田 もともと日記を書くのが好きでした。書きたいときだけ書く日記ですが、高校生ぐらいから書いていました。初めて小説を書いたのは大学生のときです。

岸本 やはり書くことがもともと好きだったんですね。最初に書いた小説はどんな内容だったのでしょうか。

石田 無駄に長いテロリストの話でした(笑)。髙村薫さんの作品を読んで自分も書いてみようと、五百枚くらい書きました。完成して一応文学賞に応募しましたが、全然駄目でした。

岸本 いきなり五百枚はすごい。話の筋を伺いたいです。

石田 ある工事現場で完成した配管の耐圧テストが行われます。管の内側から圧力をかけて漏れがないかをチェックするもので、その際少しでも漏れがあると場合によっては爆発に匹敵する威力の事故に繫がる危険な作業です。一人の作業員が親会社を倒産させようと、それをわざと画策して成功するのですが、最後は相棒と分かれて逃亡する、みたいな話です(笑)。

岸本 面白そう。ちょっと今までにないタイプのテロリストですね、それは。そのテストに危険が伴うのは事実なんですよね。それはどこから題材を?

石田 大学で耐圧試験のことを知り、そこから着想した記憶があります。

岸本 一般的には知られていない業界内のディテールを小説のモチーフに使うのは、もうその頃から始まっていたんですね。

石田 髙村薫さんの小説を読んでいると描写がとても細かくて、そこに傾倒したから自分の書くものにも影響したのかもしれません。

岸本 その次はどんな小説を書いたんですか?

石田 溶接工の話でした。溶接にはさまざまな種類があり、たとえば片手でするものと両手でするものがあります。両手でする溶接のプロが、あるとき喧嘩で片手を失ってしまい、やさぐれたんですが、片手でする溶接を頑張るようになった、みたいな内容です(笑)。

岸本
 想像するに、その作品でもディテール描写が炸裂していたんでしょう。溶接はやったことがあったんですか?

石田 研究室で少しだけあるのですが、自分はめちゃくちゃ下手でした。

岸本 その小説は溶接工の一人称だったんですか?

石田 そのときは三人称でした。「彼は」みたいな書き方です。

岸本 『我が友、スミス』は何作目くらいなんでしょうか。他の作品についても聞きたいです。

石田 十作目くらいだったと思います。あとは脚が太いことで悩んでいる女性が脂肪吸引する話を書きました。その作品は大阪女性文芸賞をいただきました(「その周囲、五十八センチ」)。そのときに初めて文学賞というものを受賞して、びっくりしました。

岸本 読んでみたいです。それは一人称でした?

石田 一人称です。「私」という視点が入りました。

岸本 どういうきっかけで脂肪吸引の話を書こうと思ったんでしょうか。

石田 単純ですが自分の脚が太く、これを脂肪吸引でぐいぐい吸って細くできたらいいのに、と思ったのが最初です。

編集部 たとえばルッキズムであるとか、見た目のことで悩んでいて自信が持てない女性とか、そういう現代の社会や人間が抱える問題からの発想なのか、脚を細くしたいという気持ちが先なのか、どちらでしょうか。

石田 後者で、社会がどうという大きなことではなく、身近な出来事を書きたいと思っています。

岸本 でも身近なことを書いていても、今の世の中は酷い問題が身の回りに山積みになっているから。たとえばU野が大会に出るため見た目に気を使うようになったら、職場で扱いが良くなった、という場面がありましたが、これはよくあることだろうなと思いました。それから、化粧が恥ずかしいという描写も個人的に共感しました。この人はこういう手順を踏んで化粧をした、と思われるのが恥ずかしい気持ちはとてもよくわかる。スーパーマーケットで肉と玉ねぎとじゃがいもを買ったら、カレーでしょうと言われて恥ずかしい、というのと似ています……いやちょっと違うか(笑)。

編集部 先ほどのテロリストや脂肪吸引の小説にも、石田さんのユーモアはちりばめられていたのでしょうか。

石田 一人称が「私」のときは照れが出てしまうのか、結構入れてしまいます。溶接工の話はものすごく真面目に書きました。

岸本 照れで入れているの?(笑)溶接工の話は髙村さんの小説みたいな感じだったんですか?

石田 パクリと言われても仕方がないくらいに寄せました(笑)。

岸本 髙村さん以外にも影響を受けた作家はいますか?

石田 ミステリが好きです。パトリシア・ハイスミスやサラ・ウォーターズをよく読みます。

編集部 『我が友、スミス』ではジェンダーバイアスが一つのテーマとして浮かび上がって来ました。ジェンダーについては石田さんがこの先も書いていきたいと、インタビューで答えておられました。ジェンダー問題やルッキズムについて書かれた海外文学も、今たくさんありますよね。

岸本 古くはマーガレット・アトウッドの『侍女の物語』などがありますし、ここにきて本当にたくさん出てきています。最近読んで面白かったのは、ナオミ・オルダーマンの『パワー』という近未来の長編小説です。ある日突然、世界中の女性が電撃のパワーを身に付けてしまうんです。肩のところに謎の器官ができて、『うる星やつら』のラムちゃんみたいに相手に電撃を与えることができるようになるんです。すると男女の肉体的な優位が逆転することによって、あっという間に社会的地位も逆転、女性がすべての権力を握り、男性を弾圧しはじめる。これは男女の立場を逆転させて違和感を描くことで、今ある男女間の不均衡をあぶり出す、ミラーリングという描き方なんですが、それだけにとどまらない。女性は今まで男性に対しての何百年分の恨みつらみがある。だから力を手に入れたことで、男性が女性に対するよりももっと酷い暴力を加えるようになるんです。だから男女逆転で最初のうちは胸がすくんですが、そんな単純な話では済まされない。

石田 日本語に訳されているのでしょうか。

岸本 河出書房新社から出版されています。私も日本語で読みました。

岸本佐知子×石田夏穂 『我が友、スミス』刊行記念対談 「ディテールに宿る 小説の魅力」_3