2か月間放置された案件がたった2日で……

すると驚くべきことに、防衛省のパワハラホットラインに連絡した2日後には、防大総務課・人事第2係の名で「ハラスメント相談調査を開始する」旨のメールが、矢島さんのもとに届いたのである。

防衛省のホームページではハラスメント防止の一環として相談窓口が掲載されている
防衛省のホームページではハラスメント防止の一環として相談窓口が掲載されている

「じゃあ、いったいあの2か月は何だったのか。私があのまま防大にだけ連絡していたら、事態はいっさい動かなかったでしょう。調べる気なんかなかったに違いありません。それが、本省の窓口に相談したら、たった2日で『やります』なんて、ふざけるのもいい加減にしろと言いたい。学生が退校した原因をきちんと調べないから、学生舎の状況が改善されない。だから、退校者も減らないんです」【6】

人治の歪みと、ガバナンスの不在をこれほど強烈に示す一例はあるまい。

改めて断るまでもなく、編集部は、すべての退校者が「パワハラによって失われた幹部自衛官の適格者」であるとは考えていない。当然ながら、みずからの言動に問題を抱えていた者もいるだろう。

しかし、それらを見分けて適格者を守り、不適格者に改善のチャンスを与える。それでもなお基準に届かない場合にスクリーニングするのは――学生同士でやらせるなど論外だろう――防大当局が担うべき責任ではなかろうか。

【1】既出の記事で証言した任官辞退者・本田さんの評。防大で増加傾向にある退校者のうち、半分は「退校もやむを得ない不適格者」だが、残りの半分(と任官辞退者の多く)は適格者のはずだが、防大および防衛省・自衛隊側の問題によって身を引く形になっている、との指摘。

【2】匿名での情報提供が条件とされたため、個人特定につながる情報を一部変更した。記事中では匿名だが、当事者の同意を得て、防大には実名を記載した質問状を送った。

【3】艦船に積み込まれる全長約9mのボートであるカッターを12名の漕手により順位を競う団体競技

【4】防大OBではなく、部内選抜でキャリアを積んだ幹部自衛官。

【5】〈貴校における「パワハラの相談窓口」は「社会連携推進室」で間違いないでしょうか〉という編集部の質問に対して、防大は下記のように回答した。

〈社会連携推進室は、防衛大学校に関する部外からの問い合わせの窓口としての業務を行っており、本件については、学生家族からの連絡であったことを踏まえ、まず社会連携推進室で内容を聞き取っています〉


【6】当時、防大から矢島さんに届いたメールには、下記の文言が書かれていた。

〈本日、防衛省パワハラホットライン担当より、相談への対応として調査を行ってよいとの回答をいただけました。これを受けて、ハラスメント相談調査として、今後事実調査を行ってまいります〉

そこで編集部は、防大に対して以下の質問を投げかけた。

〈貴校は、学生舎において発生したパワハラ事案を調査する際、いかなる事案であっても、防衛省・本省(パワハラホットライン)に調査の許可を求めるのでしょうか〉

防大は、この質問に対して〈パワハラ事案の調査にあたり、防衛大学校が本省に許可を求めることはありません〉と回答した。
矢島さんは、防大と防衛省に対して同じ内容のパワハラ調査を依頼している。この防大の回答が事実なら、防大は相談から2か月かかっても調査を開始するどころか矢島さんにメールの1本さえ送らず、防衛省は相談から2日後には迅速に調査を命じた、というのが「事実」である。

矢島さんがパワハラ調査を依頼してから約1年後、防大は「パワハラはなかった」と結論付けた。編集部は、そのパワハラの調査にあたって〈居室が同じだった学生や指導官への聞き取りをおこなったのは、どなたでしょうか(…)貴校の職員(あるいは関係者)か、「この調査のために依頼をした第3者」であるか〉と質問した。

防大は〈調査については、防衛大学校において実施しております〉と回答した。先だって、8月18日に公表された特別防衛監察の結果について、防衛省・防衛監察本部は下記のように分析している。

〈ハラスメント被害について、適正な相談対応が行われていないとする申出の6割以上が相談員・相談窓口に相談しておらず、相談先を知らなかったといった事例を除いたその多くが、相談員・相談窓口の適正な対応や相談後に生じる状況に懸念を抱き、敢えて相談員等に相談しなかったと訴えている実情があり、ハラスメント相談制度が本来の役割を十全に果たしているか懸念される状況があることを確認した〉
『特別防衛監察の結果について(概要)』

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