SELECTED MOVIE
『パリ13区』
監督/ジャック・オディアール
出演/ルーシー・チャン、マキタ・サンバ、ノエミ・メルラン
新宿ピカデリーほか全国公開中
©PAGE 114 – France 2 Cinéma
『ディーパンの闘い』でカンヌ国際映画祭最高賞に輝いたジャック・オディアール監督が、脚本に『燃ゆる女の肖像』のセリーヌ・シアマ監督らを招き完成させた新感覚の恋愛劇。ソルボンヌ大学のあるパリ13区にカメラを向け、郷愁にも特定のジャンルにも取り込まれない、自由闊達なしっかり地に足のついた作劇で、愛すべき若者たちのリアルを浮かび上がらせる。
深刻になりやすい時代だからこそパリのいまを軽やかに見つめる視点が冴える
とても良心的でいい作品。ゴダール、トリュフォーらのヌーヴェルヴァーグ精神を、韓国のホン・サンスとは違う形で継承している。しかも監督はヌーヴェルヴァーグ本国フランス人のジャック・オディアール。レオス・カラックスやフランソワ・オゾンらヌーヴェルヴァーグの末裔と言われる監督はいますが、まさかの伏兵オディアールが! これは驚きでした。
今年70歳となる老練オディアールが若い女性監督二人と3人で脚本を共同執筆している。これが大成功のいちばんの要因。一個人の作家性や思いが偏ると、どうしても重くなる。あらゆることに対し深刻にならざるをえないこの時代、ヌーヴェルヴァーグの軽やかさに救われる。
ただいわゆる即興演出ではなく、かなり練られ作り込まれている。セックスシーンもダンサーが振り付けをし入念にリハーサルを重ねたという。だからこそ、モノクロ映像でとらえたパリ市街も生き生きと映る。近未来にもレトロフューチャーにも映る古都パリの現代、それも多国籍な13区が舞台。中国人女性、アフロアメリカン男性、そしてボルドー出身のフランス人女性。この3人の恋愛関係を、LGBTQやジェンダーも含め、アクロバティックに、しかしリアルに描いていて、何から何まで無理がない。一見強烈に見えるシーンも実は程よく「圧」を感じない。キャストはすべてうまく、主役と脇役という分類もない。決まりきったどんでん返しで物語を終わらせたりもしない。
真ん中にあるのは恋愛。苦悩を出自に結びつけたり、結婚、出産、離婚や社会的テーマや政治的な主張に向かわない。移民を描いても、社会性が稀薄なのは登場人物たちが働いてはいても、どこかモラトリアムと戯れているようなところがあるから。そして、貧困とも富裕とも一線を画した、ほどほど知的な中流階級だから。
あと、誰も怒っていない。ヒロインはツンデレだけど、ひねくれていて、頭がよくて、口が悪いだけ。かわいいし、相当爽やか。
キャラクターも映画も切羽詰まっていない。音楽も含めて、すべてが適度にセンスがいい。
嫌な人は出てこないし、かといって善良な市民の善良な映画ですよ、という押しつけがない。
気軽に海外に行けないいま、リアルなパリを体感できるという意味でも貴重です。(談)
Text:Toji Aida
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