「小林幸子に対抗できるのはジュリーではなく私よ!」

美川憲一さんが紅白に初出場したのは1968年、22歳のときだ。それから7年連続出場ののちはいったん落選。「一度、落選すると復活は難しい」とされる紅白において、1991年に復活すると、以降19年連続出場を果たした。

一方、ライバルとされた小林幸子さんは、美川さんと入れ違いのかたちで1979年に初出場すると、2011年まで33年間連続で出場し続けた(2015年にも特別企画で出演)。初出場以降、小林さんの衣装が年を追うごとにド派手になっていくのを、画面越しで見ていた美川さんは密かにメラメラと闘志を燃やしていた。

「さっちゃん(小林幸子)のド派手衣装に対抗できるのはジュリー(沢田研二)ではなく私!って、ずっと再出場のチャンスを狙ってたの」

美川憲一さん
美川憲一さん
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美川さんは1989年の正月に放送された「オールスター爆笑ものまね紅白歌合戦!!」でコロッケにものまねされると、1990年に出演した「タンスにゴン」のCMでの「もっと端っこ歩きなさいよ」というフレーズが大流行。“オネエキャラ”として再ブレイクし、91年の紅白歌合戦で17年ぶりに夢の舞台へと舞い戻った。

「そのときは豪華なアラビアン衣装で出たわ。『タンスにゴン』のCMのオマージュで自転車に乗って舞台に登場して、間奏ではコロッケも現れて一緒に『さそり座の女』を歌ったの。でもさっちゃんはその年、初めて空中浮遊という演出をしたからたまげたわよ。

その後も、私とさっちゃんで“豪華衣装対決”なんて言われたけど、ふだんはお食事や旅行も一緒に行ったりする仲なのよ」