歌舞伎町のストリートピアノとトー横キッズ「実家は裕福で国際コンクールに出たことも」「ここに2人で通ううちにカップルに」行き場のない若者たちの特別な場所に
4月14日、複合型エンタメ施設「東急歌舞伎町タワー」がオープンしたこの日、まさに歌舞伎町はお祭り騒ぎに。だが、その熱狂のウラで、今夜も一軒の雑居ビルからは”ピアノの音色”が響いていた――。
なぜ歌舞伎町にストリートピアノが?
歌舞伎町のメインストリート、区役所通りに面する瀟洒なデザインの雑居ビル、チェックメイトビル。

区役所通りにあるチェックメイトビル
ラウンジなどが入るこの建物のエントランスから正面階段の裏側にまわったところ、ラウンジ嬢が多く出入りするエレベータの近くに星空模様があしらわれたストリートピアノが置いてある。
ストリートピアノとは街や公共の場に設置された、誰でも自由に弾くことができるピアノのことだが、雑多な歌舞伎町には不似合いな感は否めない。いったいなぜこんなところに?
当ビルの管理人が語る。
「チェックメイトグループの設立100周年を記念して、オーナーの趣味で一昨年の10月に使っていないピアノをロビーに置いてみたら、思いのほか評判がよくて。せっかくだし、もっとちゃんとしたピアノを置こうということで、星空デザインのピアノを置くことになったんです」

星空デザインをあしらったストリートピアノ
しかし、ここは新宿歌舞伎町。酔っ払いや冷やかし客が好き勝手に弾いていくため、ビルのテナントからクレームが入り、人の出入りが多い17時から23時まではピアノの利用が禁止された。とはいえ、深夜は変わらず演奏が可能。ということで、今回は夜な夜な歌舞伎町のど真ん中までピアノを弾きにくる人々に取材をした。
トー横に流れ着いた元エリートピアノ少女の姿も
4月14日、時刻は23時すぎ。水色のジャージに、サンリオのキャラクター「ハンギョドン」のグッズを身に付けた若い女性がピアノ椅子に座る。弾き始めたのはディズニー映画『ピノキオ』の主題歌『星に願いを』だ。

「小学生のころ、まだピアノを習い始めてすぐに覚えたんです。今でもすごく好きな曲で、前にトー横のみんなでOD(オーバードーズ。市販薬を過剰摂取して意識を朦朧とさせること)したときも、『星に願いを』だけはスラスラ指が動きました(笑)。やっぱり体が覚えているんですかね」
そう語るのは、年齢非公表のメロンにーとさん。繁華街での日常や、ピアノの演奏をTikTokやTwitterにアップするインフルエンサー的な活動をしているが、去年の7月に歌舞伎町にやってきた、いわゆる”トー横キッズ”である。
「自分で言うのもアレですけど、かなり裕福なお家で育っていて、ピアノは5人の先生からレッスンを受けてました。絶対音感もあったし、『ショパン国際ピアノコンクール』や『チャイコフスキー国際コンクール』といった国際的なコンクールにも出たことがあります。
でも私、縛られるのが大嫌いで。『バッハの曲を練習してきなさい』と言われても好きな曲じゃなければ、ブラームスを弾いたり。そんな感じでずっとまわりに反抗してきたから、高校生のころに『私はピアノ演奏者には向いていないな』って思いが強くなって、結局、音大にいくのも諦めてしまったんです」
自由を求めてたどり着いた歌舞伎町。そこで見つけたのがこのストリートピアノだった。

エリートピアニストだったメロンにーとさん
「トー横の友達に教えてもらったから試しに弾いてみたらギャラリーに褒められて。それでうれしくて毎日ここに通うようになりました。この前なんてキャバクラのお姉さんとかキャッチのお兄さんが10人近く集まってきてミニコンサートみたいな状況になったんですよ。
もうルールに縛られてピアノを弾くのはウンザリですけど、このストリートピアノは続けていきたいです。私に“ピアノの楽しさ”を思い出させてくれた大切な場所なので」
このピアノがきっかけでカップルに
日付が変わった頃、今度は黒と白のジャージを着たカップルがやってきた。こちらもトー横キッズらしい雰囲気が漂う。女性は椅子に座ると久石譲の『Summer』を、続いて男性は『魔女の宅急便』の主題歌『海の見える街』を演奏する。メロンにーとさんのように、2人にとってもここは特別な場所のようだ。

元トー横キッズカップル
「特別思い入れがあるわけじゃないですけど、私たち、去年までトー横でたむろしていて、『ピアノ弾ける場所があるから行こうよ』ってこの人(彼氏)に誘われて、一緒に通っているうちに仲良くなったんです」
彼女のカナさん(仮名)はそうぼんやりと話す。
「今ではそれぞれ埼玉の実家に住んでますけど、歌舞伎町でデートするとなったらトー横には行かずにこのピアノを弾きに来ますね。そういう意味ではここは私たちにとって特別な場所なのかも(笑)」(カナさん)
ピアノがつないだ元トー横キッズ同士の恋模様。欲のうごめく歌舞伎町にあって、なんて爽やかな話なのか。
「ピアノを弾くようになったきっかけですか? お母さんに頼んで何度かヤマハのレッスンに行きましたが、先生が厳しくて辞めちゃったんですよね。この人は小5のときにモテたくて個人のピアノ教室に通ってたみたいです。小学生のころから最低ですよね(笑)。
まぁ、これからも2人仲良く、ここにピアノを弾きに来れたらな~とは思ってます」

それぞれのドラマを抱えた若者たちが、今夜も歌舞伎町に不釣り合いな美しいピアノの音色を奏でている。
取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班