ああ、光陰矢の如し。
本作を見たのはもう30年ぐらい前か。コラムを書くにあたりAmazon Prime Videoレンタルで見直してみれば、やっぱりなんとも素敵なバカ映画だなあ! ブラックでアナーキーでハチャメチャだけれど、愛おしい。
「映画の印象的な“食”シーンを書いてほしい」というオファーを受けて考えるうち、まず浮かんできたのが本作でした。主人公のジョーイ(ケヴィン・クライン)はピッツェリアを経営してるんですね。冒頭、ピッツァ生地を宙に飛ばして回し、器用に生地を広げています。客もなじみ連中ばかり、下町の大衆食堂といった気取らない雰囲気。窯から出てくる焼き立てピッツァにはトマト、ブラックオリーブ、ペパロニ(サラミのようなもの)がたっぷり、なんともうまそう…。ピッツァカッターを見たのはこの映画が初めてだったな。
そうそう、『殺したいほどアイ・ラブ・ユー』が公開された1990年、日本では宅配ピザ(当時の日本人はピッツァなどとは呼ばず)サービスがちょうど広がり始めた頃。当時は都会的で新しい感じがして、頼むとワクワクしたもんです。「30分以内に配達できなかったら半額」なんてサービスもあったんですよ。ドライバーが運転を急いでしまって危ない、ってな理由で廃れていくんですけどね。
『殺したいほどアイ・ラブ・ユー』のとびきりおいしくて危険なスパゲティ
『ローマの休日』のジェラートから『千と千尋の神隠し』のおにぎりまで…“食”が印象的な映画は数あれど、こんな使い方は珍しい!? 90年代のスター勢ぞろいで、スラップスティックな楽しさのあるこのカルト作は、フードライター・白央さんのお気に入り。おいしいレシピつきでご紹介!
試したい! 食べてみたい! 食が楽しいあの映画
ハチャメチャコメディでスパゲティが果たす役割は?

『殺したいほどアイ・ラブ・ユー』©AFLO
閑話休題。さて、ケヴィン演じるジョーイはとんでもない浮気野郎。がむしゃらに仕事もするけど夜遊びもマメ、かわいい子がいるとすぐに口説きに走る。妻(トレイシー・ウルマン)は「他の女に色目は使うものの、一線は超えないはず」と信じてるんですが、ある日、浮気現場を目撃。ショック、混乱、激怒。「殺してやる!」と殺人計画を練るわけです。さあ、このへんから話はどんどんメチャクチャに。
選んだ方法のひとつが毒殺。
「ペッパーはたっぷりとね。オレガノとバジルも入れて、塩少々、ワインも加えて。そして最後に睡眠薬をどっさりと」
同居してる母親と一緒に作っているのは、スパゲティ用のトマトソース。あの男はタフだから生半可な量じゃ死ぬはずないと、なんと睡眠薬2瓶も入れて煮込んでいきます。永眠トマトソース。オレガノとバジルはどちらもハーブの一種で、ドライを使ってますね。公開当時、何のことだか分からない日本人は多かったはず。ワインはいかにもイタリア系一家らしく、懐かしの藁包みのボトル入りキャンティでした。
リヴァーとキアヌが豪華に脇役共演!
トマトソース作ってる最中にうっかりお母さんが味見しちゃう小ネタなんかも楽しくてね。ちなみにお母さん、「あんな男はもっと早く殺しておくべきだったのよ」なんてのたまう、相当にブラックで豪胆なキャラ。演じているのはジョーン・プロウライト、イギリス出身で夫はあのローレンス・オリヴィエ(世界的名優、元妻はヴィヴィアン・リー)!
本作、キャストがえらい豪華なんですよ。ピッツェリアの従業員にリヴァー・フェニックス、『スタンド・バイ・ミー』(1986)のイケメン少年です。早逝が今も惜しまれる伝説的スター。後半で雇われる殺し屋にキアヌ・リーヴスとウィリアム・ハート。キアヌは説明不要かな。ウィリアム・ハートは残念ながら先ごろ亡くなってしまいましたが、『蜘蛛女のキス』(85)や『白いドレスの女』(81)など代表作いっぱい、アカデミー主演男優賞にも輝いた俳優です。ふたりとも間の抜けたジャンキーを真剣に演じてるのが実におかしい。
そしてジョーイの浮気相手にフィービー・ケイツ! このひとは当時日本でも大人気でした。なんとジョーイを演じるケヴィンとは本作公開の前年に結婚してるんです。つまりは製作者側のお遊びキャスティング、しかもノンクレジット。さらにはヘザー・グラハムも1シーン出演してますよ。こんな連中が大真面目にバカをやる。好きだなー、こういうの。
最後に主演のケヴィン・クライン。飄々として、憎めなくて、ユーモアと哀感の両方を存分に表現できる名優のひとりだと思っています。『デーヴ』(93)という大統領の影武者を演じた作品も良かったんだよなあ。
さてジョーイは結局、毒リンゴならぬ毒トマトソースパスタをたらふく食べても命には別状なく。なぜか不死身の彼は結局どうなるのか? ご興味湧いたら、ぜひ作品をご覧ください。

<危険なスパゲティソース>
ホールトマト 1缶(400g)
ニンニク ひとかけ
A
塩 小さじ1/2
黒コショウ 小さじ1/3
オレガノ・バジル(ドライ)小さじ1/4
赤ワイン 大さじ2
オリーブオイル 大さじ2
睡眠薬 たっぷり(決して真似しないでね!)
① ニンニクは皮をむいて木べらなどでつぶしておく。
② 鍋にオリーブオイルと①を入れて中火にかけ、香りが出てきたらホールトマトを加える。
③ Aを加えて、水分を飛ばすように煮詰めていく。仕上げにごく少量を味見をして(眠らないように!)塩コショウして味を調える。

キャスト勢ぞろい。左上から時計回りに、キアヌ・リーヴス、リヴァー・フェニックス、ウィリアム・ハート、トレイシー・ウルマン、ケヴィン・クライン、ジョーン・プロウライト ©AFLO
『殺したいほどアイ・ラブ・ユー』(1990)I Love You To Death
上映時間:1時間37分/アメリカ
監督:ローレンス・カスダン
出演:ケヴィン・クライン、トレイシー・ウルマン
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