本作は表情豊かなセンパイ・八乙女うるし(やおとめ うるし)とポーカーフェイスな後輩・田中歩(たなか あゆむ)の、将棋をモチーフにしたラブコメマンガだ。
アニメ化もされた『からかい上手な高木さん』に負けず劣らずの人気で、単行本は累計170万部を突破。テレビアニメも2022年7月からテレビアニメもスタートした話題作だ。
物語(第1話)は高校2年生のうるしと1年生の歩が、将棋を指しているところから始まる。歩はこのうるししかいない“自称”将棋部(部員数が少ないため正式には部活動として認められていない)に、長年続けてきた剣道を捨てて入部していた。
その理由は、歩がうるしに一目惚れをしたからだ。
彼は「勝ってうるしセンパイに告白する!」と意気込んでいる。しかし最初は駒を落としてハンデをつけてもらっても勝てない。歩は将棋初心者なのである。
女子高生が将棋で恋愛攻防戦!? 将棋ラブコメ『それでも歩は寄せてくる』の魅力!
『からかい上手な高木さん』の作者・山本崇一朗氏が「週刊少年マガジン」で連載中の将棋ラブコメディ『それでも歩は寄せてくる』。その魅力を紹介する。
この恋、詰むや詰まざるや……?
将棋をモチーフにした“攻守逆転”ラブコメ


歩は勝つまでは自分の好意を伝えないつもりだ。しかし対局中、その意に反して彼の思いはあふれ出して止まらない。
「すごいですねセンパイは将棋が強くて」「そのうえ、そんなにかわいいだなんて」「笑顔は最高にかわいいですし」「マジメな顔するとすごくきれいですし」などとたたみかけ、うるしはそのたびにテレまくる。

最初は対局中だけだったが、結局将棋を指していなくても、ふたりでいるときはずっとこの調子なのだ。うるしは動揺しながらも「お前、私を好きなんだろう」と言うが、歩はポーカーフェイスでこれを認めない。彼が考えているのは将棋での勝利のみ。天然で無自覚なのである。

うるしは盤上では、駆け引きをするまでもなく歩を負かす。しかし盤外では攻められっぱなし。その感情は「恥ずかしい…」だけではなさそうで“詰む”寸前にもみえる。
この盤上と盤外での“攻守逆転”によるおかしみが本作の魅力のひとつだ。
盤外での逆襲を狙うセンパイ。

うるしは歩に寄せられつつも「逆に歩をテレさせてやる!」と奮闘。「私を好きって認めたら抱きしめてやるぞ」と誘い「お前ってよく見たら男前だな」と言おうとする。ただ心の揺れは抑えきれず、赤面してしまってうまくやれない。彼女の盤外での攻めはほぼ不発……。
お気づきだろうか。うるしは恋愛初心者なのだ。

毎日対局は連戦連敗の歩。ただ彼は手を変え品を変え言葉を変えて、彼女をテレさせる。このいい意味でのマンネリズムが本作のもうひとつの魅力。「むずキュンがヤバい」「もはや両想いだよね?」「ニヤニヤが止まらない」「早く付き合え!」こんな読者の叫びが聞こえてくる。
ふたりの心の距離は変わらないように思える。およそ50cm、盤を挟んだ対局の距離のままだ。だが心地良いラブコメ成分が同じパターンで提供され続ける…と油断してはいけない。いい意味で裏切られるからだ。
本作の最大の魅力は恋がしっかり進展していくところにある。一歩ずつ、一手ずつ、着実に。読者は読み続けているうちに、うるしと歩がだんだん“いい感じ”になっていくのに気づくのだ。

物語を盛り上げるのが、うるしの同級生・マキや歩の中学剣道部の後輩・凛。彼らは、歩の幼なじみであるタケルと桜子のカップルとともに、うるしと歩の恋の進展を加速させる燃料になる。

じっくり読むと同じような日々の繰り返しにみえて、気持ちが動くポイントが巧みに描かれているのが分かる。加えて体育祭、文化祭、初詣、バレンタインデー、誕生日といった期待のイベントも。なお、うるしと歩が10話以上離れ離れになる修学旅行編は、ふたりの学年が違うことを生かした演出がすばらしく、要注目のエピソードだ。展開、進展するラブコメを存分に楽しんでほしい。
2つの勝負の行方は…
物語には「歩がうるしに将棋で勝ってから告白する」という枷がある。
流れ的には「これはもう王手なのでは……」と感じるものの、王手はしょせん王手。このままでは“詰み”にはならない。盤外で詰みにするためには、盤上で勝つことが必要なのだ。
将棋初心者だった歩は四枚落ち、二枚落ちと勝つたびに落とす駒の数を減らしていく。はたして平手でうるしに勝つ日はやって来るのか――。
その間に恋愛初心者だったうるしが、盤外での反撃の糸口を見つけて行動に移すのかどうかも見どころだ。
なお各配信サービスでも見られる本作のテレビアニメは、前述の恋を盛り上げるイベントを中心に構成してあり、分かりやすくまとまっている。うるし役の中村カンナさんら若手声優陣の好演と、マキ役でも出演している花澤香菜さんが歌うオープニングテーマ、中村さんが歌うエンディングテーマが作品にしっかり“寄せて”あるのもポイントだ。
アニメだけを見ている方にはぜひ原作も読んでもらいたい。また原作を追っている方は、改めてふたりの距離がじわじわと縮まるさまを復習してほしい。
とにもかくにも、この盤上と盤外で繰り広げられる接近戦の決着は、やがてつく。「負けました」と言うのは歩なのか、うるしなのか。ドキドキしながら見届けたい。
文/古林恭 ©山本崇一朗/講談社
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