新作映画のプロモーションのために来日した映画スターの通訳としても活躍していた戸田さん。競争の激しいハリウッドで生き抜いてきた彼らの人間的な器の大きさを、間近で何度も目の当たりにしてきた。
「トム・クルーズは、ファンを喜ばせることが自分のミッションだと思っている人。来日するスターはみんなサービス精神がありますが、なかでもトムはダントツだと思います。よくレッドカーペットイベントでサインをするのですが、一人一人に書いていたらものすごく時間がかかってしまうんです。でもトムは『サインに応えたいから2時間取ってくれ』などと事前に言って、最後の一人までサインをして一緒に写真を撮って握手までしてくれる。私も何度も付き合ったことがありますけど、いつも笑顔でしたね。劇場のバックステージでエレベーターに乗る時も、普通はスターを真っ先に乗せるでしょ。でもトムだけはみんなが乗るまでドアを押さえてくれて、自分は最後に乗るの。本当に親切で優しい人なんです」

ある日、家にトム・クルーズから“お歳暮”が届きました。
字幕翻訳の第一人者として、85歳の今も現役で活躍している戸田奈津子さん。映画雑誌ロードショーでは長年コラムを連載し、映画ファンと映画とを密接につなぐ役割を担ってくださいました。復刊記念インタビュー第3回では、戸田さんとスターとの秘話について迫ります。
ロードショー復刊記念戸田奈津子さんインタビュー③
ある日、家にトム・クルーズから“お歳暮”が届きました。
トム・クルーズは今、日本に来たくてうずうずしています

ファンとの写真撮影に応じるトム・クルーズ ©Sipa USA/amanaimages
度々来日するトムと戸田さんは、プライベートでも大の仲良し
「何年か前に、ワインやハムを詰め合わせたお歳暮が届いたんです。送り主に“トム・クルーズ”って書いてあってびっくりしました。もちろん、日本にそういう習慣があることを聞いて誰かに頼んで送ってきたんだと思いますけどね。それは一度きりでしたが、お互いの誕生日が偶然にも同じなので、その7月3日とクリスマスには、大きなお花が届くようになりました。もう10年ほど欠かさず届きますし、日本を離れていても、旅行先のニューヨークのホテルにわざわざ花束を贈ってくれたことも。普段からメールのやりとりをしていますが、今、トムは日本に来たくてうずうずしています。『トップガン マーヴェリック』(5月27日日本公開)は完成していますし、『ミッション:インポッシブル』の7作目も撮影は終わっているそう。今はシリーズ8作目を撮影中なのですが、コロナ禍で何百人もスタッフが集まる撮影は大変だろうと言ったら、大きな客船を借り切って、そこにみんなで滞在していると言っていました。私も早く、彼が映画のプロモーションで日本に来られることを願っています」

トム・クルーズから実際に贈られた花束

トム・クルーズと戸田奈津子さんとの2ショット写真
ロビン・ウィリアムスはいつも小声で「サンキュー、トダサン」と言ってくれました
『いまを生きる』『ジュマンジ』『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』『ナイト ミュージアム』などで知られる今は亡きロビン・ウィリアムスも、戸田さんと友情を育んだスターの一人。
「思い出すと今でも泣けちゃうけど、ロビンも本当にいい人だったの。人を笑わせることが生き甲斐みたいな人でしたね。コメディアンだから『ミセス・ダウト』みたいな面白いイメージがあるでしょ。でも家族や私の前では本当に物静か。そこに誰か知らない人が入ってきたら、途端におかしなことをやったりサービスをし始めるの。彼にとってはあらゆる人がお客さまで、笑わせたい対象なのね。一緒に行動しているとスッと横に寄ってきてね、“サンキュー、トダサン”って小声でお礼を言ってくれる。優しいでしょ。ご家族ともすごく親しくさせていただいて、ロビン亡き後も、サンフランシスコに行くときは彼の奥さんとお子さんたちが暮らす彼のお宅に泊まらせてもらっています」
ロビン・ウィリアムスと仲のよかったロバート・デ・ニーロからは、プライベート旅行の手配を頼まれたことも。
「映画のプロモーションの合間の観光に付き合うことはよくあるけれど、完全なプライベート旅行をアテンドしたのはデ・ニーロが初めてです。きっと彼と仲のいいロビンが言ったのね。“日本に旅行に行くならトダサンに電話しろ”って(笑)。箱根と京都に行きたいっていうから“いいわよ”と、スケジュールを組んであげました。プライベートジェットで世界中を旅している人だから、成田に迎えに行ったら荷物の多いこと。奥さんなんかおしゃれな人だからトランクが何十個とあるわけ。それを見て仰天しました。急遽トラックを手配して東名高速で京都まで荷物を運んでもらったり。旅行会社のようなことをすべて私がやりました」


1990年3月 映画宣伝のために来日した際のロビン・ウィリアムスと戸田さん
撮影/坂田智昭
フランシス・フォード・コッポラ監督はプライベートでも超人!
戸田さんが字幕翻訳者としてキャリアをスタートさせるきっかけとなったフランシス・フォード・コッポラ監督とも、家族ぐるみでの付き合いがある。
「彼は馴れ馴れしく人と付き合うタイプじゃなく、いつも物静かで哲学者みたいな人。カリフォルニアのナパにワイナリーを持っているので、今やフィルムメーカーというよりワインメーカーなんだけど、そこの広い邸宅に泊めていただいたことがありました。自動車がないと移動できないくらい広大な土地に、おうちや編集室などのいろんな建物が点在していて、その中に図書館もあるんです。毎日、図書係が出勤して常駐しているんですが、それくらいフランシスは勉強家。何を聞いても知らないことがないくらい博識だし、アーティスティックで、尊敬しかない。もう超人です。だから“フランシス!”と名前でお呼びしても、いつもそこに敬意を込めています。また、奥様のエレノアさんも素敵な方でね。一緒に金沢旅行をしたりする遊び仲間です。彼女はダイアン・レインを主演にした『ボンジュール、アン』という映画の監督をしたりもしていますし、ご存じの通り、お嬢さんのソフィア・コッポラも映画監督として活躍している。本当に才能あふれる一家だと思います」
来日のたびに旅行に何度も付き合ったというのがリチャード・ギア
「彼は本当にハンサムかつモテモテのプレイボーイだったから、最初の子供ができたのが50歳を過ぎてから。そして4年前にはスペイン系のソーシャライツ(上流階級の社会活動家)の女性と再婚して二人のお子さんが産まれたの。その子たちが本当にかわいくてね。彼は今72歳だから、子供というより孫みたいな感じなんだけど、いつもメールで子供たちの成長過程を記録した写真を送ってくれます。リチャードってものすごく写真を撮るのが上手なの。二人のモノクロの後ろ姿とか、いい写真がたくさん送られてきます。老け役をあまりやらない人だから今はそれほど出演作品が多いわけじゃないけれど、いい役者だと思いますね。私は何百人ものスターとお会いしてきましたが、こうして親しくなるのは数えるくらい。誰にだって、気の合う人と気の合わない人、会った瞬間になんとなく呼吸が合って仲良くなる人がいるでしょう。それと同じです。もちろん、厳しい世界で羽ばたいている彼らはものすごく才能と個性がある。そういう人たちと会えるのは幸せだし、私にとっても刺激になっています」
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