即位70周年、プラチナジュビリーを迎えた英国、エリザベス女王。その素顔とは?

目も眩む量の映像から浮かび上がる90有余年の歩みとその素顔 『エリザベス女王 女王陛下の微笑み』プロデューサーインタビュー_a

1953年6月2日、父であるイギリス、ジョージ6世の崩御により、長女のエリザベス2世の戴冠式が行われました。1952年2月6日から始まった在位期間は、2022年の今年、即位70周年を迎え、イギリスと連邦諸国では6月、プラチナジュビリーを祝う行事が開催されています。

次男のジョージ6世が王位を継ぐことになったのは、兄のエドワード8世が、アメリカ人のウォリス・シンプソンとの結婚を決意し、わずか1年たらずで国王を退位したから。その時期を描いた映画としては『英国王のスピーチ』が有名ですが、ジョージ6世はドイツとの戦闘が激化した第二次世界大戦中という厳しい時代に国のリーダーとなり、苦労が絶えませんでした。

50代の若さで逝去した父を継いで、エリザベス2世が国王となったのは25歳のとき。「うつむくと首が折れそう」とまでいう重い王冠をどういう気持ちでかぶり続けてきたのか、ベールに包まれてきたその生涯を夥しい数のフッテージによって浮かびあがらせるのが『エリザベス 女王陛下の微笑み』です。

以前、本コーナーで取り上げた『ゴヤの名画と優しい泥棒』のロジャー・ミッシェル監督の遺作となるドキュメンタリーで、ミッシェル監督は「女王はモナ・リザである」と謎めいた微笑を浮かべるエリザベス女王のパブリックの顔、そしてふとした時に見せる素顔とを交互に見せていきます。

果たして国王の役目とは何なのか。ロジャー・ミッシェル監督と長年コンビを組んできたプロデューサー、ケヴィン・ローダーさんに制作の意図を伺いました。

目も眩む量の映像から浮かび上がる90有余年の歩みとその素顔 『エリザベス女王 女王陛下の微笑み』プロデューサーインタビュー_b

●プロデューサー/ケヴィン・ローダー (Kevin Loader)
英国で最も活躍する映画・TVプロデューサーの一人。ロジャー・ミッシェル監督とは、ピーター・オトゥールが生涯最後のアカデミー賞®ノミネーションを受けた『ヴィーナス』(06)、数多くの賞を受賞した『ウィークエンドはパリで』(13)、レイチェル・ワイズとサム・クラフリン主演作『レイチェル』(17)など10本以上の映画を世に送り出した。現在はヒュー・ローリー、ジョシュ・ギャッド、ザック・ウッズ、レベッカ・フロントが出演するアーマンド・イアヌッチによるHBOのスペース・コメディシリーズ「Avenue 5」のシーズン2の製作に携わっている。

ほかにヘティ・マクドナルド監督、ジム・ブロードベント主演作『The Unlikely Pilgrimage Of Harold Fry』、アラン・ベネットの演劇を題材にしたリチャード・エアー監督作、ジュディ・デンチ、デレク・ジャコビ、ジェニファー・ソーンダースが出演する『Allelujah』の製作も手掛ける。代表作に『In the Loop』(09)、『スターリンの葬送狂騒曲』(17)、『どん底作家の人生に幸あれ!』(19)、サム・テイラー゠ウッド監督の『ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ』(09)、アンドレア・アーノルド監督の『Wuthering Heights』(11)、ニコラス・ハイトナー監督の『ミス・シェパードをお手本に』(15)など多数。

エリザベス女王は時代と結びつくイコノグラフィーである。

目も眩む量の映像から浮かび上がる90有余年の歩みとその素顔 『エリザベス女王 女王陛下の微笑み』プロデューサーインタビュー_c

──このコーナーでは以前、『ゴヤの名画と優しい泥棒』を紹介したのですが、ロジャー・ミッシェル監督は本作の編集を終えた直後、急逝されたと聞いております。世界的な大ヒットとなった『ノッティングヒルの恋人』(1999)がそうであったように、私たちがロジャー監督の映画を見る楽しみのひとつがイギリスらしさでした。奇しくも遺作の題材がエリザベス女王となったのも運命的ですが、彼はなぜ、エリザベス女王のドキュメンタリーを作ろうと思ったのでしょうか?

「ロジャーと僕の2人は同じ1956年生まれなんですが、僕らが生まれた時から女王は存在していて、生活の中心にあり続けた。今もそうです。ロジャーがこの6月に行われたプラチナジュビリーの70周年の式典を見ることができないのは残念なことです。女王はわれらの周りに常にいて、彼女は時代と結びつくイコノグラフィー(iconography)、すなわちイコン(図)が何を意味しているか、読み解く存在です。

彼女の顔は切手や紙幣、コインなど、色んなところで見受けられ、僕らのポケットの中に入っているような、遍在している存在です。ヘッド・オブ・ステイト、国のリーダーと言っていいのか、そういう立場にもある。そういうパブリックな場での顔と、もちろんプライベートの顔もある。でもその合間にある、真ん中の部分が我々には見えない。そういう知らない部分の顔が公私とどう関係しているのか、僕たちはそこを掘り下げてみたいと思ったところです」

目も眩む量の映像から浮かび上がる90有余年の歩みとその素顔 『エリザベス女王 女王陛下の微笑み』プロデューサーインタビュー_d

──あまりにも凄まじい物量のフッテージが登場するので、一体どれだけの権利料を支払われたのかとドキドキしながら見ていました。例えばビートルズが1965年、エリザベス女王から大英帝国勲章のメンバーに任命されたときの映像が出てきます。また、『ノルウェイの森』の楽曲も流れます。他にも世界中のセレブリティと対面した時の映像など数多く出てきて、ケヴィンさんはどこから、どうやって手に入れたのでしょうか?

「ハハハハ。まさにご指摘の通り、ある程度の予算がかかった作品で、決して安い製作費の作品ではないんです。音楽もアーカイブもご存じのように、権利をクリアするにはお金がかかってしまうのが一般的ですから。本作のアーカイブの記録映像に関しては、多岐にわたるソースから借りています。

多くの映像素材を持っているのはゲッティイメージズ、パテなどで、5分から10分のクリップを使うことはわかっていたので、個別の交渉ではなく、まとめていくらという交渉をしました。加えて、値段がどうのこうのという映像でないものもありました。それは王室所有のホームムービーや、王室が権利を持っている映像で、これらは、許可を頂けるかどうかが大事なので、丁寧な交渉を重ねました。

音楽の権利に関しては、ロジャーと長年仕事をしてきたイアン・ネイルさんというスーパーバイザーがいて、彼、本当に腕が良くて、映画にぴったりな場所に、適正な価格で、これしかないという楽曲を用意してくれる人なんです。『ノッティングヒルの恋人』でビートルズの曲を遣おうとしたら億単位の権利料を言われましたけど、ドキュメンタリーだと安く交渉もできるんです。

そうなってくると、問題は権利所有者がこの作品を気に入ってくれるかどうか、彼らのやる気にかかってきます。劇中、有名なコメディアンで歌手のレニー・ヘンリーさんが登場しますが、彼をはじめ、個人的に知っている人はネットワークを駆使して、映像の承諾を取りました」