「はじめに言っておきますが、『好きなことを仕事にすれば幸せに生きていける』、なんて幻想を真に受けていると痛い目を見ます。それが実現できるのは、宝くじに当選するくらいの超レアケース。そして好きなことを仕事にしよう、と同じくらいダメな考えが、『得意なことを仕事にしよう』というものです」
転職をしようかと悩んでいるとき「好きなことを仕事にしよう」といった耳当たりの良い言葉を見聞きすると、思わず「やっぱ、そうだよな!」と鵜呑みにしてしまいそうになるが、岡崎氏は「それは幻想です」とバッサリ。
だが、「得意なことを仕事に活かそう」なら、憧れだけの絵空事というわけでもない。これの何がいけないのだろうか。
「得意なことを仕事にしたいと考えている人は、自分には他人より秀でた能力があると考えているわけですが、そもそもその認識が間違っている可能性があるからです。その一例として『ダニング=クルーガー効果』という、おもしろい研究があります。
たとえば平均点60点のテストがあったとして、このテストで平均点を上回っていた人たちに『今回のテストはどうでしたか?』と聞くと、平均点以上だった人たちは『イマイチでした』と答えます。一方、平均点を下回っていた人たちに同じ質問をすると、答えは『結構できました』。つまり能力が低い人ほど、自分の能力を過大評価しやすいのです。
ですから、自分が得意だと思っていることがあれば、本当に得意なのだろうか?と一度疑ってみてください。仕事を選ぶときは、好き嫌いや得意、不得意にこだわるよりも、やる価値があるか、ないかで判断することをおすすめします」

「自分の長所を活かせる職場で働きたい」と考える人ほど、転職で失敗することが多い理由
研修講師として数多くのビジネスパーソンを指導している岡崎かつひろ氏による、シリーズ「転職前に知っておかないとヤバいこと」。第2回は、転職で後悔しないための仕事選びのポイントを紹介する。「好きなことを仕事にしたい」「自分の長所を活かせる職場で働きたい」と考える人ほど、転職で失敗することが多いのはなぜか?
転職前に知っておかないとヤバいこと♯2
「好きなこと」は幻想 「得意なこと」は過大評価
「欠点」は欠けている点ではなく、欠かせない点
今の仕事は自分には向いていない、と感じて転職を考えるケースは少なからずあるだろう。成果を上げられないのは、自分が欠点だらけだからだと思っている人もいるかもしれない。だが、岡崎氏は「欠点はその人の魅力」と語る。
「作家のひすいこたろうさんという方が『人は長所で尊敬され、短所で愛される』とおっしゃっていて、わたしもそのとおりだと思っています。パーフェクトな人間なんていないですけど、長所ばかりの完璧人間は、きっと人から愛されないでしょう。短所とか欠点、とくに欠点って、欠けている点とも読めますが、欠かせない点とも読める。その人にとって欠かせない魅力が隠れているのが、いわゆる欠点なんです」
欠点・短所と聞くとどうしても悪いイメージを持ってしまうが、たとえば、すぐに怒る→正義感が強い、諦めるのが早い→切り替えが早い……と長所に変換できるというのだ。
「たとえ欠点が欠けている点だと思えても、それを受け入れて、どうすれば魅力に変えられるのかを、転職する前にきちんと考えましょう。欠かせない点である欠点を大事にしながら補っていけば、いつか強固なフックになるはずです」

仕事を選ぶときに大切なチェックポイント
転職する際は、それが同業種、異業種に関わらず、人それぞれに転職先を選ぶ基準がある。とはいえ、その基準をどう設定すればいいのか迷う人も多いはずだ。
「仕事選びや将来像を描くときの参考になる、プランド・ハップンスタンス理論という考え方があります。これはざっくり言うと、個人のキャリアは偶発的な出来事によって形成されるというもの。この理論では、自分にとってその仕事が天職と呼べるかを判断するとき、次の4つのカテゴリに当てはまるかどうかで考えてみる、とされています。その4つとは『得意かどうか』、『好きかどうか』、『求められているか』、『お金になるか』。
ただし、これはあくまでも理想の話です。現実的には4つすべてがYESの仕事を選ぶのは難しいですし、そういう例はなかなかないでしょう。しかも先述した通り、得意というのは過大評価の場合が多いですし、好きな仕事も、たとえばわたしの場合、ビジネス書作家として本を書くのは比較的得意なほうですけど、好きかと言われたら、できれば書きたくない。
なので、わたしの考えでは、仕事を選ぶ基準として大切なのは、求められているか、お金になるかの2つ。別に得意なことでも好きなことでも構わないけれど、求められている仕事かどうかと、お金にちゃんとつながるのかという点は、必ずYESである仕事を選びましょう」
一番の安全資産は自分自身
転職先を選ぶとき、今よりももっと稼げる仕事がいい、もっと収入の良い会社で働きたい、と思うのは当然かもしれない。しかし岡崎氏によると、目先の経済性よりも重視すべきなのは自己投資、つまり自分自身の価値を高めることなのだという。
「自己投資は、もっともローリスクハイリターンな投資とも言われます。長い人生なので、目先の給料や福利厚生よりも『職能』を、つまりその仕事に就くことでどんな能力が身につけられるのかを優先してください。なぜなら、一番の安定資産は、自分自身だからです」
コロナ禍や昨今のウクライナ侵攻など、世の中の情勢は不安定で先が読めない状態にある。つい先日まで左うちわだった人が、わずかな期間で路頭に迷うような事例は身近に起き始めているし、世界情勢の変容で目の前に食料やエネルギーの価格上昇が突き付けられているように、この先、何が起きたとしてもおかしくない世界になってきている。
「必ずしも増えるという保証はない金融資産に対して、自分という人的資産は、延々と再生産し続けることができる最高の資産です。職能で仕事を選び、いろんな能力を身につけて、ビジネスパーソンとしてどこに行っても通用する自分になると、お金にも転職にも困ることはないでしょう。
反対に、転職の際に困るということは、これまでいかに能力を身につけてこなかったかという証拠です。給料や福利厚生ももちろん大事ですが、ぜひ自分の能力アップのほうに力を傾けていただけるといいなと思います」
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