再生できないDVDのディスクを…
「彼のすごさは、しつこさ、ですね」
毅さんは2009年春、栗城さんのダウラギリ(標高8167メートル・世界第7位)への遠征でBCマネージャーを務めている。
当初、毅さんはこのオファーを断った。「世界各国へのスキー旅」というライフワークがあり、応援してくれるスポンサーもいる。人の挑戦に協力している場合ではなかった。
「そしたら栗城君は、『スポンサーや支援者にはボクから話します。誰に会えばいいですか? どうすれば一緒に来てくれますか?』って……面白いヤツだな、って思いました」
できないではなく、どうやったらできるのか、できることを前提に話をする。その熱意に負けて毅さんは遠征に加わったという。
ダウラギリのBCで、こんなことがあった。ある晩、栗城さんは音楽のDVDを見たいと言って、一枚のディスクをプレイヤーにセットした。だが、再生できない。他のディスクは作動するので、プレイヤーの問題ではない。
「おかしいな」
……栗城さんはそのDVDのディスクを布で拭いたり、水をかけたりといったことを、延々2時間繰り返したという。結果的にディスクが再生されたかどうかについて毅さんの記憶は曖昧だが、一心不乱にディスクと向き合う栗城さんの姿は鮮明な印象として残っている。
「呆れました。普通は諦めて別のディスクを見るじゃないですか? ああ、彼のすごさって、体力でも技術でもなく、しつこさなんだな、このしつこさがあるから8000メートル峰にも登れるんだな、って納得できました」
栗城さんの武器である「しつこさ」。それは16年間も温泉を掘り続けた父親譲りのものであることは疑いようがない。
文/河野啓
(注)栗城さんの父・敏雄さんはある時、「温泉を掘り当ててやる」と決意し、自宅のそばを流れる後志利別川の岸辺のあちこちを、なんと16年も掘り続けた。そして1994年、ついに源泉らしきものを発見する。やがてその場所には町の中心部で唯一の温泉施設ができ、2008年には温泉に隣接してホテルも建築された。敏雄さんはそのホテルのオーナーとなった。
この逸話の詳細は『デス・ゾーン』第一幕に記されている。
失恋をきっかけに登山に開眼!? 異色の登山家・栗城史多氏を追ったドキュメントはこちら
エベレストで流しそうめんにカラオケ!? だんだんと方向性を見失っていった登山家・栗城史多氏の晩年はこちら