「性的人身取引」という絶望的なビジネス
ここまで「ぴえん」という言葉を通して、若者文化やセレブリティ文化のもつ刺激的で華やかな光景に裏には搾取の構造があることを紹介してきた。
最後に取り上げるのは、国際人身取引組織が国をまたいで、年端もいかない少女たちを中心に性的サービスを提供する世界を追った『性的人身取引』。
書名になっている「性的人身取引」とは、単なる売春にとどまらず、詐欺・誘拐・脅迫で女性たちを奴隷化して利益をあげる構造をさす。本書ではエリートたちが法の目をくぐって遊ぶ華やかな『VIP』とは対極にある、『「ぴえん」という病』よりいっそう過酷な、絶望的な「裏の世界」をルポしている。
本書には、結婚詐欺によって地元から引き離され、誰にも救いを求めることができないまま暴力にさらされ、衣食住を支配され、劣悪な環境に暮らすしかない女性が登場する。
一晩に十数人の男性の相手をすることを強要され、性病にかかっても適切な医療へのアクセスを許されず、それでも貧しい家族に仕送りをすることを生きる糧にしているような人生。
内戦や紛争によって生み出された難民、資源のない貧しい村落からの出稼ぎなど、弱く不安定な立場にある女性もターゲットにされる。
彼女たちを喰い物にしている組織は、麻薬を扱うよりもずっと効率よく利益をあげられるという。
本書の著者は、この地獄のようなシステムを根絶するためには、性的人身取引が男たちにもたらす甘い汁、つまり莫大な利益を破壊するべきだと主張する。しかしそれは、最底辺の娼婦として生きる少女たちの、なけなしの収入をさらに目減りさせることになる。
ジェンダー不均衡、ルッキズム、格差をめぐる同時代の様相を捉えた3冊を紹介した。ここでは「ただれた性」とか「金銭の媒介する性的関係はけしからん」というような単純な感情論ではどうにもならない構造が指摘されている。
トー横、超高級クラブ、そして世界中の裏の性風俗産業……ほとんどの人にとっては身近とは言い難い世界かもしれない。しかしそれぞれに表出している問題は、目に見えない形で、わたしたちの日常にまぎれこんでいるのではないだろうか。
文/永田希