TikTokは小説を紹介するのに一番向いているメディア
道尾 僕は好きな本を見つけると、人に教えたくないと思ってしまうんです。マイナーな本ばかり読んでいるせいもあるんだけど、自分が読んだ本を、「それ、僕も読んだよ」って誰かに言われたら、俺しか読んでないと思ってたのに! って、悔しがってしまうタイプ。けんごさんは真逆ですよね。自分が面白いと思った本を世の中に広めようとされている。そのモチベーションは、どこにあるんですか?
けんご 僕は読書を始めたのが遅くて、大学1年生のときだったんです。それまでずっと野球をやってきて、大学時代も4年間、がっつりやりました。そういう環境にいると、読書をする友達が周りに1人もいなかったんです。誇張なしに、1人も。だから1人で読書をしてきたんですが、大学4年生のときに新型コロナウイルスが流行しはじめて、SNSが広がったので、僕も何かできそうだなと思ったんです。
で、どうせやるんだったら、自分の好きな小説を紹介するコンテンツができないかと考えて、TikTokでの紹介動画を始めました。今まで好きなものを他人と共有する機会がなかったぶん、今、気持ちが爆発しているのかなと思います(笑)。
道尾 といっても、実際にやるのは簡単ではないですよね。少し前に、けんごさんが出演されていた「サンデージャポン」を見ました。僕、爆笑問題の大ファンなのでめちゃくちゃうらやましかったんですけど、あの番組で放送されていた収録風景や編集風景を見ると、時間をかけて何度もやり直しされている。想像していたより大変でしたか?
けんご そうですね。今は慣れてきましたが、最初は苦労しました。僕のように短い動画で小説を紹介している人っていなかったんです。だから、参考にできるものがなくて、すべて手探りで。
道尾 なるほど。でもそれは苦労であると同時に、真っ白な雪原に最初に足跡をつけるような気持ちよさがあるでしょう? 新しいことってやっぱり最初にやりたいというか。
けんご そうですね。そして不思議なことに、TikTokで漫画を紹介したり、映画を紹介したりする人は増えているのに、小説を紹介する人は、僕以外にいなくて……。
道尾 けんごさんが成功したから、もう他の人が入ってこられないのかな?
けんご どうなんでしょう。僕は仲間が欲しいタイプの人間なので、どんどん入ってきてほしいんですけど。
道尾 へえ。そうなんですね。懐が深い。そもそも、なぜTikTokだったんですか?
けんご 小説って、他のエンタメに比べて、手に取るきっかけの少ないコンテンツだと思っているんです。たとえば映画だったら、テーマに興味があるとか、好きな俳優さんが出ているからとか、入り口がたくさんあると思うんですけど、小説はそれが少ない。だからTikTokという短い時間のプラットフォーム上に、たまたま流れてきた動画を見て、面白そうとか、読んでみようと思ってもらえたらいいなと。
道尾 わかります。映画や音楽って、「向こうから入ってくる」ことがありますからね。対して小説は、ヘンな言い方ですが、「読まない限り読めない」んです。だから、TikTokで入り口を作ってもらえるって、すごくありがたい。書いているほうもありがたいし、何を読んでいいかわからない読者とか、迷っている読者も、絶対ありがたいと思います。
けんご これはやっていくうちに分かったことですが、長い文章で綴られた小説の紹介は、短い動画でするのがいちばん合っている。僕はそう思っています。TikTokの紹介動画を作るときにヒントにしたのは、映画の予告編です。映画館に行くと、目的の映画の前に、予告編が流れるじゃないですか。あれを見ると、次はこの映画を見ようっていう気持ちになる。この感覚は小説でも絶対作り出せるはずだと思っていて、参考にしています。
道尾 なるほど。しかもけんごさんがTikTokで紹介する本は、けんごさん自身が面白いと思った本ですよね。だから、映画でたまにある、本編より予告編のほうが面白い、ということは起きない(笑)。けんごさんが一読者として小説に求めているものって何ですか?
けんご 昔から、新しい「体験」をものすごく大事にしています。だから道尾さんの『N』や『いけない』のような、本としての新しい体験に興奮するんです。それから、自分とは違う「世代」の体験もありますね。僕は24歳の男性なので、中高生とか、若い人の気持ちを描いた作品、あるいは年配の方が主人公の作品などにも惹かれますし、自分では体験できない「職業」が描かれた小説も好きです。たとえば池井戸潤さんの小説とか。
道尾 そこは僕と似ているかもしれません。最近は、読者に「自分の話」だと思ってもらえる本が売れるというセオリーがあるんです。「自分のことが書いてある」と思える本を、読者が好むという。でも、その気持ちが僕にはいまいち理解できないんですよ。自分のことが書いてあったら面白くないじゃんって(笑)。僕もけんごさんと似ていて、とにかく新しい体験をしたい。ストーリーに驚かされるのも好きだけれど、それ以上に、小説そのものに驚かされたい。小説でこんなことができるんだ、という体験を求めているところがあります。