巨大帝国の統治への萌芽
モンゴル帝国を築いたチンギス・カンと、その周辺で活躍した英雄たちを活写している『チンギス紀』は、九巻「日輪」でテムジンがチンギス・カンに改名し、十巻「星芒」以降は西征と子供たちの世代への代替わりが描かれてきた。
十三巻「陽炎」は、金の残党と戦いながら西の大国ホラズム・シャーとの決戦に向けた準備に充てられていたが、最新の十四巻「萬里」は、ほぼ全編がホラズムとの戦いといっても過言ではない。
若き日は前線で戦い指揮を執ったチンギスだが、ホラズムとの戦いでは大軍を預けた息子たちに判断を委ねる機会も多い。そのため、入手した情報だけで次の手を考えたり、本音で話せるのが副官ソルタホーン一人になったりと、トップの孤独と判断の難しさが見事に表現され、それが物語の新たな魅力になっている。
西征が始まってからは、攻城戦で活躍する歩兵や工兵も重要な役割を果たすようになり、今回も城郭ジャンドの攻略など迫真の攻城戦が読みどころとなっている。ただ本書では、ホラズムの騎馬遊撃隊がモンゴル軍と戦い、チンギスが遊撃隊の女性隊長に興味を抱くなど騎馬がクローズアップされており、初期の騎馬戦が好きな読者も満足できるはずだ。
多民族国家のホラズムは、兵の招集に時間がかかり、占領地で改宗を行うなど労力をかけていた。モンゴルも多民族国家になりつつあるが、チンギスは占領地域の税を安くして人心を掌握し、政治に介入しなければ信教の自由を認めるなど、緩やかな統治を考えているようだ。
現代もグローバル化が進んでいるが、その先にあるのが、多様性を認める社会なのか、少数派の文化や言語が消え均一化していくのかで議論が分かれている。商人としてトーリオが構築しつつあるチンギスとは異なるグローバルネットワークも含め、本書に萌芽が見受けられる巨大組織の統治法は、理想的なグローバル化のあり方を問い掛けているのである。