小説を通して広がる競馬の魅力
――さて、競馬の話でおおいに盛り上がりましたが、小説のことも少し伺わせてください。今回、馳さんは凱旋門賞をテーマに小説を書かれるというお話でしたが、競馬を題材にした作品としてはすでに『黄金旅程』を出版されています。
馳 タイトルの「黄金旅程」というのはかつてステイゴールドが香港へ遠征したときの現地での馬名なんです。
蛯名 はい。ピンと来ました。
馳 これが何ともかっこよくてタイトルにしたのですが、当時から見ている競馬ファンもやはり覚えていて、タイトルに反応して買ってくださった方もいるようです。
――逆に、馳さんの小説のファンのなかには、競馬には全然興味がなかったけれど、この作品を読んでその魅力を知ったという方も多くいらっしゃるようですね。
蛯名 競馬ファンの拡大にご協力いただきありがとうございます(笑)。
馳 いえいえ、むしろ普段は小説を読まないという競馬ファンの方々から『黄金旅程』で初めて僕の小説を読んだという声もいただけて嬉しかったです。蛯名さんは小説をお読みになることはあるのでしょうか。
蛯名 正直、騎手時代はあまり読みませんでした。もともと勉強が嫌いだったし、机にじっと座っているのも苦手で、それこそランドセルを放り投げてすぐに遊びに行ってしまうステイゴールドみたいなタイプだったので(笑)。それに僕の場合、レースで騎乗するときは可能な限り裸眼で乗りたかったので、小さい活字を読んで視力が落ちるのが怖かったということもあります。騎手のなかには読書好きな人もいますけどね。
馳 調教師になられてからはいかがですか。
蛯名 騎手時代に比べて電車での移動が増えました。トレーニングも騎手のときみたいにハードにすることはなくなったので時間の使い方がずいぶん変わりました。読書をする時間も取れるようになったので、馳さんの新連載もぜひ読ませていただきます。
馳 ありがとうございます。今回はナカヤマフェスタ産駒の話を書くと言いましたけど、他にも地方競馬の厩務員さんを主人公にした物語なんかも書いてみたいんです。
蛯名 良いですね。有名な騎手や調教師だと何かと光が当たることがあるけれど、馬が走るのは厩舎のスタッフがいてこそですからね。そういう人たちを小説で取り上げていただいて、競馬の奥深さをたくさんの人たちに広めていただきたいですね。
馳 ええ。目標は馬事文化賞ですから。
蛯名 馬事文化賞ですか?
馳 そうです。直木賞よりも馬事文化賞のほうが嬉しい(笑)。何年か前に知人の作家が馬事文化賞を受賞したのですが、そのおかげで競馬場の来賓席に入れるようになったと聞いて、俄然(がぜん)欲しくなりました。
――(一同爆笑)。
蛯名 本当に競馬がお好きなんですね。コロナが収束したらぜひうちの厩舎にもいらしてください。実際に見てみると、またいろいろな発見があって小説に生かしてもらえることもあるかもしれません。
馳 ぜひ伺いたいです。これからは蛯名厩舎の馬も応援します。僕の大好きなステイゴールド一族の馬もぜひ入れてくださいね(笑)。
蛯名 ありがとうございます。探しておきます(笑)。
「小説すばる」2022年7月号転載