父の介護と死で怒涛だった2年間
この連載を始めた頃の私は53歳、そして、今の私は55歳。
この約2年は本当に怒涛の日々でした。
当初はね、「ほどほどな毎日」というタイトルにもあるように、もっとのんびりとした時間を過ごすもんだと思っていたんですよ。
それこそ、第1回では富士山登山をきっかけに、失いかけていたメスの本能が目覚めた話を書いていて。
あの頃は、消えかけた灯火ではあったものの、恋愛に対する希望も細々と存在していたしね。
だがしかし、そのあとすぐに父の介護がスタート。
第2回にはもう、そのことを書いているんですよね。
そこからは、実家に帰省する回数が増え、Amazonの購入履歴の大半が介護グッズに。
私の頭の中は父と介護のことでいっぱい。
自分のために使える時間もグンと減ってしまって。
もう、恋愛どころじゃなかったというか。
そんな余裕もなかったし、そういう気持ちにも全くならなくなってしまったんだよね。
実は、その父も昨年末に亡くなりまして。
このエッセイでは父のことをたくさん語ってきただけに、ちゃんと皆さんにお伝えしたいところなのですが……。
具体的なエピソードを語るのは「まだ辛い」のが正直な今の気持ち。
やっぱりね、整理しきれていない思いもあるし、そう簡単に気持ちを切り替えることはできないよね。
仕事が終わった夜も、休日も、物理的には自分のために使えるようになって、今は徐々に日常を取り戻せるようになってきてはいるんですけど。
どこかにポッカリと穴が空いたような感覚で。
なんだろうね、以前は「お父さんのことを考えていればいい」という気持ちの埋め方をしていたけれど、それが急になくなってしまって「どうしよう、何をしよう」みたいな。
肩の力が抜けるのと同時に虚無感のようなものを感じたこともあったりして。
少しずつ日常が戻りつつあるけれど、自分のことだけを考えて生きていたあの頃には、まだしばらく戻れないんじゃないかな。
まず、父は亡くなってしまったけど、母との時間がまだ残されていますから。
完全に介護終了ではないというか。空のまま炊飯器を炊いてしまったり、味噌汁のワカメが全然切れていなかったり、物忘れが激しくなってきたり……あやしい部分は多々あるけれど、今のところはまだ元気、一人で生活できるくらいには元気。
それだけに「相変わらず口うるさいな」「性格がきついな」とイラッとしてしまうこともあるんだけど、母を大事にしてあげないと父も悲しむだろうし、そんな母もまた介護が必要になるときがいつかやってくるわけで。
そのときは「お父さんのときよりは納得できるような最期にしてあげたい」と思う私もいたりして。
まだ数年はきっと、気にしながら、囚われながら、私は生きていくんだろうな。
まあ、「ご自由にどうぞ」「好きに生きてください」と急に解き放たれても困る気がするから、それが逆に今はありがたかったりもするんだけどね。













