「あとは私たちでやります」が教えてくれたこと

転機になったのは、中国人スタッフの趙建民さんを店長候補として育てる決断でした。坂本さんは金庫の鍵を渡し、現金管理や発注、売上の管理、採用面接まで任せようとしました。

鍵を預けるのは、信頼を言葉にするよりずっと重い行為です。しかも、坂本さんが渡したのは、鍵や仕事だけではありませんでした。損益計算書や貸借対照表も見せ、店のお金がどこで増え、どこで減るのかを、一緒に考えるようにしたのです。

廃棄が増えたのは、なぜか。人件費が下がったのは、なぜか。数字と売場の出来事を結びつけて話す。発注の操作ができることと、どれだけ仕入れるべきか判断できることの間には、大きな隔たりがあります。その隔たりを埋めるために、経営そのものを教えたのでした。

もちろん、教える間は手間が増えます。自分で済ませた方が早い仕事を、説明し、やってもらい、確かめなければならない。それでも、その時間をかけなければ、いつまでも自分しかできない仕事が残ります。

本書に描いた、私がとりわけ心を動かされた出来事があります。年末の忙しい朝、坂本さんは発注画面を見ながら眠り込んでしまいました。目を覚ますと、締め切りを過ぎている。送信できていなければ、必要な商品が丸一日分入ってこない。慌てた彼に、中国人スタッフの金麗香さんが声をかけました。

「大丈夫です。私が送信しておきました」

内容の確認も済ませたという彼女は、さらに言いました。

「もう、少し休んでください。あとは私たちでやります」

自分が眠っている間も、店は動いていた。かつては大切な仕事を預けることが怖かった相手が、店だけでなく、自分の休息まで守ってくれていた。その時の安堵は、単に発注ミスを免れたというだけではなかったはずです。

自分がいない時にも回る店をつくる。人を育てる意味は、そこにあります。冒頭の月次ミーティングにいた外国人店長たちも、最初から経営ができたわけではありません。任され、教わり、判断を重ねる機会があったから、その席に座っていたのです。

写真はイメージです
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