経営を議論する店長は、全員が外国人だった
東京のある地区で、コンビニ四店舗を経営する坂本さんが開いていた月次ミーティングを見学したことがあります。店長たちは、損益計算書や貸借対照表、予算計画の資料を広げ、オーナーと議論していました。そこに集まっていた店長は、全員が外国人でした。
私は長くコンビニ本部に勤め、数多くの加盟店を見てきました。それでも、その時は、自分の知らないコンビニの世界に迷い込んだような感覚になりました。外国人スタッフがレジに立つ姿は見慣れていても、経営の数字を読み、店の方針を話し合う姿に接する機会は、そう多くなかったからです。
共同通信が2024年5月に報じた集計では、大手コンビニ3社で働く外国人アルバイトは8万人を超えています。スタッフの8割が外国人だというオーナーの事例もあります。外国人が店を支える時代に、その人たちへ、どこまで仕事を任せられるか。坂本さんの店は、一つの答えを示していました。
ただ、本人に話を聞くと、最初から人を育てるのが得意だったわけではありません。失敗し、怒り、何度も辞められ、そのつどやり方を変えてきた。特別な教育理論があったのでも、外国人との付き合いに慣れていたのでもありませんでした。
私は新著で、その経験を実話に基づく物語として描きました。本稿でも、登場する方々の名前は書籍と同じ仮名を使います。坂本さんが「日本のお父さん」と呼ばれるまでを知るには、面倒見のよさだけでなく、人を頼れなかった頃の彼を知る必要があります。













