ITバブルの波に乗り、“不登校の星”に

パソコンにのめり込む一方、小学校、中学校にはほとんど通わないまま卒業した。親に勧められて高校に進学したものの、結局、半年で中退した。

「高校でリセットされた感じがして、最初はやる気がすごく強かったんです。でも、不良の多い学校だったので、クラスの最下層のヤツはいじめてもいいんだみたいな感じで。

友だちになった子が不良に絡まれて殴る蹴るの暴行を受けているのを見て、自分も殴られるんじゃないかとすごく怖くなって、行けなくなったんです。

でも、そのときは家にひきこもるより、自分を救ってくれたゲームを作りたいという思いが強かったので、行動に移せました」

パソコンに救われたという石崎智展さん(撮影/集英社オンライン)
パソコンに救われたという石崎智展さん(撮影/集英社オンライン)

当時住んでいた仙台でゲームプログラムを学べる学校を探したものの石崎さんには物足りなく感じられた。そこで、単身上京し、東京に住む祖父母の家に居候しながら専門学校に通うことにした。

「オタク友だちがいっぱいできて、パソコンの話をするのが楽しくて。初めての青春という感じでした。親の目もないしって、ちょうど出始めた格闘ゲームとか好き放題やって(笑)。

でも、結局、1年で親元に戻っちゃったんです。純真だったので、親に心配かけるのは嫌だったし、ちゃんと信者をやるかと」

19歳のとき、父親の転勤を機に一家で東京に転居した。ちょうどWindows95が流行り始めたころで、石崎さんはアルバイトには困らなかった。

写真はイメージです(写真/AdobeStock)
写真はイメージです(写真/AdobeStock)

というのも、パソコンのセットアップやインターネットの使い方の指導、ホームページの制作代行など、個人でできる仕事がたくさんあったのだ。

ある日、パソコンのセットアップに行った人材紹介の会社で、「石崎さんほどのスキルがあったら正社員で働けますよ」と大手のIT企業を紹介された。

「学歴がないし、絶対に無理だと思って面接を受けたら、翌日『合格です』って。本当に好きなことだけを追い求めてきたので、数学のテストを受けても絶対0点なのに(笑)。

当時はITバブルで、いろんなところから人材を集めている状態だったので、たまたまその波に乗れたんですね。友だちには『不登校の星だよ』みたいに言われました」