真っ当な道を外れた自分はダメな人間
不登校になった大きなきっかけは、両親の不仲だった。
石崎さんが7歳のころに弟が生まれると、両親の喧嘩が絶えなくなった。母親から父親の愚痴を頻繁に聞かされるようになり、小学4年生のころには、朝起きると腹痛に襲われたり、めまいや頭痛がしたりするようになった。
「まだ子どもなのに、一生懸命、両親の間を取り持つようなことをしていて。今思うと、私自身もストレスで、うつ病みたいになっていたのかな。学校でも浮いていたし、そのまま部屋にひきこもりました。
でも、学校に行けないって、周りとの決定的なズレじゃないですか。自分はなんて不幸せなんだと思っていたし、真っ当な道を外れた焦りとか、『やっぱり自分はダメな人間なのかな』とか自責の念が強かったですね」
そんな石崎さんを救ったのが、パソコンだった。
父親はコンピュータが好きで、当時としては珍しくノートパソコンやポケコン(ポケットコンピュータ)などを使っていた。石崎さんが6歳のころ、ブームになっていたファミコンが欲しいとねだると、父親が代わりに渡したのがパソコンだった。
「没頭しているとイヤなことも全部忘れられたので、不登校になってからはずっとパソコンを触っていました。『48時間戦えますか?』という感じで(笑)。
両親も最初は学校に行かせようとしたけど、無理だとわかると『行けないなら行かなくてもいいよ』みたいな感じで、自由を認めてくれたんです」
もともと新しいものが好きで、好奇心旺盛だったという石崎さん。まだアルファベットもわからなかったが、見よう見まねでキーボードを叩き、うまく動くまで何度も試した。
「パソコンでゲームをして遊ぶにも自分でプログラムを書かないといけない。それで、このコマンドはなんのためにあるのかとか、このプログラムはなんでこう動くのかとかを考えて、『じゃあ、こうしてみよう』という感じで。ずっと『なんで?』を突き詰めていたんですね」
当時は市販ソフトも存在したが、石崎さんのようにプログラムを自分で入力してゲームを動かす楽しみ方も一般的だった。














