第四のカードは「人の往来」…実は日系会社を後押し

第四は、観光と航空便である。中国政府が日本への渡航自粛を呼びかけたことを受け、中国系航空会社は日本路線を大幅に減便した。減便率は最大で4割規模に達した。

訪日客の減少は、百貨店やホテル、飲食店、地方観光地などに影響する。中国人旅行者への依存度が高い地域ほど打撃は大きく、対日圧力を日本国内で目に見える形にする効果がある。

一方、航空分析機関は、中国系航空会社の減便によって需給が引き締まり、日系航空会社の搭乗率や収益を押し上げるという皮肉な結果も生じたと分析している。圧力をかけた側にも逸失利益が生じ、措置が必ずしも狙い通りの効果を上げないことを示す例である。

そして9月15日、もう一つ「顔の見えない」措置が加わる。

「誰が次の対象になるか分からない」という不安

水産物、レアアース、尖閣諸島、人の往来。中国が使った四枚のカードには共通点がある。中国政府は「対日制裁」と明示したわけではない。

食品安全、輸出管理、法執行、領海警備、旅行者の安全確保といった別の名目が与えられている。個々の措置と高市発言との因果関係を否定できる余地を残しながら、日本側に経済的・心理的な負担を与える仕組みだ。

9月15日に施行される新たな出入国管理規定も、その延長線上にある。対象者をあらかじめ明示せず、出国禁止の理由を本人に詳しく告げることも義務づけない。

中国の技術や人材を囲い込む経済安全保障政策であると同時に、中国で働く技術者や外国企業に「誰が次の対象になるか分からない」という不安を広げる。

その統治手法は、習氏自身の政治スタイルとも重なる。表舞台では常に落ち着き払った指導者として振る舞い、感情も、後継者も、軍内部で続く粛清の全容も公にしない。

政策の意図を詳しく説明するより、境界を曖昧にしたまま、人々が自ら行動を慎む状況をつくり出す。

5月の米中首脳会談で見せたと報じられた強い反応は、習氏自身が日本の防衛力強化への警戒を強めていることをうかがわせる。

高市発言から10カ月。中国が積み上げた措置は、日本企業や漁業者、観光業者、中国に駐在する日本人の生活に、現実の負担と不安をもたらしている。

一方、それによって日本政府が台湾政策や防衛力強化の方針を転換した形跡はない。中国側にも輸出減少や観光収入の喪失といった代償が生じている。圧力は、必ずしも相手を屈服させてはいない。それでも習氏は次の一手を打ち続ける。

そこにあるのは、冷静に計算された長期戦略なのか。それとも、経済の減速と軍内部の混乱に直面する指導者が、国内外に強さを示さなければならないという焦りなのか。答えが見えないこと自体が、今の中国と向き合う日本にとって最大のリスクなのかもしれない。

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文/東銀座コンフィデンシャル 写真/shutterstock