直面する危機を認識する

それは、不安をもつ人びとは、いち早くその解消を望むからです。人間はうまくいっているときには変化を望みません。しかし、何かがうまくいっていないときには、それを変革する渇望が生まれます。

これを利用するのが独裁者です。ナチス・ドイツ時代の国民啓蒙・宣伝大臣として有名なヨーゼフ・ゲッベルスは、人びとを動員するうえで、理屈よりも怒りや恐怖といった感情に訴えることの重要性を認識していました。現代でも最も著名な独裁者アドルフ・ヒトラーは、危機をうまく利用して独裁をつくり上げた代表と言えます。

危機をうまく利用して独裁をつくり上げた代表格(写真/shutterstock)
危機をうまく利用して独裁をつくり上げた代表格(写真/shutterstock)
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危機に直面した国家や組織において、リーダーが自らに権力を集中させる選択が真に国家や組織のためなのか、自己利益のためなのかは、その時点で判断することは困難です。しかし、過去の事例を見れば、危機に独裁が生まれる傾向にあることだけは確かです。

現代では、発展した民主主義国家においても若者を中心に独裁を求める声が高まっています。このことは、人びとが日々の生活に対して不安を抱えていることの裏返しなのかもしれません。古くから、人びとを危機から救う英雄譚が語り継がれてきたように、人は危機から救ってくれる救世主を求めるのです。

至極当然ですが、危機を利用するためには、それを正しく理解することが重要です。

日産自動車(以下、日産)、そしてルノーの最高経営責任者(CEO)まで上り詰めたカルロス・ゴーンは、それを理解していたリーダーだったと言えます。当時、倒産の危機にあった日産に、ルノーとの資本提携によって現れたのがゴーンでした。

ゴーンはルノーの副社長だった当時、最高執行責任者(COO)として日産に入社しましたが、当初は日産の上層部からルノーの差し金だと思われていたようです。しかし、ゴーンは日産の経営において、出身母体であるルノーにも一歩も引かない姿勢を見せ、日産社員からの支持を得ていきます。独裁とも呼ばれる彼の強権的な手法は、むしろ「他責の文化」とされる日産の社風に新風をもたらしたとも言われ、評価されました。

その後の剛腕ぶりはよく知られるところですが、直面する危機を認識し、それを社内に共有して日産の経営をV字回復させたゴーンの経営手腕は高く評価され、当初は3年の予定だった任期も延びに延び、ゴーンは日産だけでなく、ルノーのCEOにも上り詰めます。危機とそれへの対処の成功が彼を独裁者にしたとも言えます。

政治でも同様です。たとえば、経済停滞に伴って生じる格差問題、失業問題は、独裁を構築するうえで最適な危機と言えます。

文/大澤傑

『独裁者の手口 なぜ権力を握り続けられるのか』 (PHP研究所)
大澤傑
『独裁者の手口 なぜ権力を握り続けられるのか』 (PHP研究所)
2026/9/16
1320円(税込)
256ページ
ISBN: 978-4569861609
独裁者は何を考えているのか?
ヒトラー、プーチン、習近平、トランプ…「独裁者」と呼ばれる指導者はどう権力を握り、維持してきたのか。
彼らの思考・行動には共通する法則がある。
また本書では政治指導者だけではなく、カルロス・ゴーン、イーロン・マスクといった経営者の権力掌握術も紹介。
ビジネスパーソンが知っておくべき、権力の正しい使い方も分析。
権威主義に精通する気鋭の研究者が、権力者の思考法と独裁への向き合い方を明かす。

独裁の近現代史を知れば、世界の今がわかる!
ヒトラー:危機をあおって救世主を演出
プーチン:法律を変えてイエスマンを配置
習近平:反対者を粛清して個人崇拝を実行
金正恩:英雄譚をつくって正統性を誇示
カルロス・ゴーン:強権的手法で社内風土を刷新

目次
第1部:独裁者になる
第1章:危機感をあおる
第2章:迅速に、時には地道に
第3章:自分に有利なルールをこっそりとつくる

第2部:独裁を維持する
第4章:独裁のタイプを見極める
第5章:反対する者を排除する――出る杭を打つ
第6章:周囲の者にアメを――最大の敵は身内にあり
第7章:人びとから愛される――愛は世界に存在する最も強い力

第3部:独裁の帰結
第8章:独裁者の末路
第9章:独裁者と向き合う
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