「自分たちだけが対話をつなげられる」という自己満足

まして、パイプを維持しただけで、日中関係を陰で支えているような顔をされても困る。パイプはただの手段だ。維持するだけなら電話帳を持っているのと大差ない。

その回線を使って何を要求し、相手の行動を何センチ動かしたのか。評価されるのはそこだけである。

これは対中外交だけの話でもない。アメリカにも同じ基準を当てればいい。「日米同盟は重要だ」「大統領との信頼関係がある」「ワシントンに太いパイプがある」。それだけでは成果ではない。

関税、防衛負担、投資、在日米軍、半導体、エネルギーで、日本が何を要求し、何を渡し、何を守ったのかを見るべきである。中国なら会うだけで「親中」と疑い、アメリカなら会えただけで喜ぶ。その態度では外交を評価できない。

相手が北京でもワシントンでも、政治家が自分で発表する「外交成果」には同じ物差しを当てればいい。

北京へ行くことを止める必要はない。中国共産党の幹部とも会えばいいし、人間関係も作ればいい。親中派というレッテルも気にしなくていい。むしろ、獲得目標が明確なら堂々と行けばよい。

その代わり、「自分たちだけが対話をつなげられる」という自己満足には陥らないでほしい。関係が悪い時に北京へ行くこと自体には、勇気も手柄もない。パイプを持つ政治家が偉いのでもない。日本に必要なものを決め、そのためにパイプを使い、結果を持ち帰る政治家が必要なのである。

何を取りに行くのか。それを決めずに北京へ行くなら、最初から「成果」は作らない方がいい。

文/小倉健一 写真/shutterstock