「これで死ぬのかな」ひねられて回転しているような感じで揺れて…

八代駅近くの公民館には、被災したミックの現役スタッフの女性がいて、創業当時からの歴史を語ってくれた。

「ミックはマスターが昭和42年(1967年)の8月4日に開店した店なんですよ。マスターももうすぐ82歳になるので去年から営業時間を午後3時までにしていたんです。地震の日はその日までやっていた展示会の絵を入れ替えるため、搬出を午後4時過ぎまでやって、展示会の関係者が帰られたところでした。

その後マスターと私を含めたスタッフ3人の計4人でおしぼりを干すなど閉店作業をやっていました。この建物は1階が店で2階は自宅という店舗兼住宅になっていて、中学生になるマスターの孫娘が2階の自分の部屋にいました」

長い歴史をもつ「ミック」が激震に襲われたのは、午後4時27分だった。

「もともとここは昭和13年に建築された呉服店で、昭和42年に喫茶店に改装して使っていたんです。それで1回耐震化補強はやっていたので、10年前の地震では外壁がやられたりスピーカーが落ちるなどで半壊はしたものの、躯体そのものに損傷はありませんでした。

今回は10年前の揺れみたいのが1回きて、耐えられるかなと思った瞬間になんというか、渦を巻くような感じになって。家をひねられて回転しているような感じで、揺れて立てなくなり、『これで死ぬのかな』と思いました。

目を開けてみると何か白い物が上にあって閉じ込められたのですが、『鉄筋だと持ち上げられないけど木造だから頑張れば出れるんじゃないか』って思ったんです」

建物(ミック)の裏側より(撮影/集英社オンライン)
建物(ミック)の裏側より(撮影/集英社オンライン)

そこから先の記憶ははっきりしないものの、女性は瓦礫をかき分け脱出、九死に一生を得た。

「閉じ込められたけど空間自体はあって体は動かせたんです。周囲も真っ暗ではなく明るかったし、なんとなくここを押し上げて登れば屋根に出れるんじゃないかって。他のスタッフ2人も無事に脱出できていたんですが、マスターは大きなテーブルの下に閉じ込められ、孫娘の『お母さーん』という声も聞こえました。

屋根が覆いかぶさっているので姿はまったく見えないのですが、自分の部屋の位置でした。おそらく3つ折りにして立てかけておいたマットレスがガードしてくれたんじゃないかと思います。

孫娘に声をかけると『息はできる。怪我はしてない』と返事がありました。余震で(さらに崩れて)隙間がなくなったらどうしようと思い、消防署に駆け込みました」

地元の公民館(仮避難所) (撮影/集英社オンライン)
地元の公民館(仮避難所) (撮影/集英社オンライン)